子育て

2007年12月14日 (金)

声変わりの季節

こないだテレビで須賀健太君を見たら、声変わりしていた。

え~?!もうそんな年?

ついこの間テレビで、幽霊が見えちゃう男の子の映画を見たときには、かわいい声を出していたのに~。

顔つきもちょっと男っぽくなっていたなあ。

須賀くんといえば「ひとにやさしく」のあの子のイメージが強いので、まだまだ子供のような気がしていたんだけど1994年生まれで、今中一なのね。

ウチの長男も1994年生まれ、同じだったんだ。

でもウチは早生まれだから中二。

男の子の声変わりって、風邪かなあと思っていたら声変わりだったという「突然タイプ」と徐々に低くなっていく「いつの間にかタイプ」があると思う。

長男は「いつの間にか」だった。

小六くらいから少しずつ低くなってきたような気がするけど、本当に変わっちゃったなあと感じたのは中二になってからだ。

毎年夏休みに泊まりに行っている親戚の家の子も中一で、電話をかけたらすっかり声が変わっていてびっくりしたし、近所の子も久々に合ったらすっかり低い声になっていた。

この近所の長男の同級生は中一の時はまだかわいい声を出していた子が多かったから、割と遅めの声変わりかなあ。

(ひとり、4年生の時に声変わりしていた子がいるけど。)

中一、中二くらいが男の子の声変わりの季節なんだろうね。

神木隆之介君も1993年生まれの中二。

妖怪の映画じゃ女の子みたいにかわいかったけど、「瑠璃の島」のスペシャルを見たときには、ちょっと男らしくなっていて、みんな大人になっていくのね・・・と感慨深かった。

声と共に気になるのは、毛。

長男は最近は一人でお風呂に入っているので父親もどうなっているのか知らなかった。

でもひげが目立つようになってきたから、あやしいなと思っていたら、先週男3人で新しく出来た温泉銭湯に行った時に、夫が「大人毛」発見。

どんどん大人になっていってるのねー。

心もどんどん逞しく成長してほしいものだと、つくづく思う。

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2007年11月19日 (月)

今出来ることを考えよう

長男のフリースクール体験入学は4日間の予定でしたが

2日休んで、結局2日しか通えませんでした。

でも何となく気に入ったようで、12日に正式に入学しました。

フリースクールは基本的に、これをしなければならない、といことがありません。

一応10時始まりですが、10時に来なければ遅刻ということもありません。

とても緩い枠の中にあります。

先週まで「ハイジ」の再放送をやっていましたが、それを見ていて思いました。

中学校ってロッテンマイヤーさんみたいだなあ、そしてフリースクールはクララのおばあさまって感じでしょうか。

フリースクールは中学と違って、6時間きっちり授業があるわけでもないし、テストだってないし、こんなんでいいのかしらと思わないわけでもないのですが、

今までのように中学に通っていても、具合が悪いと言って一日中家で寝ていたり、家にこもって鬱々としていたり、学校でも家でもろくに勉強も出来ず、テストも20点30点という状態では将来に希望なんて持てるはずもありません。

中学の先生は、フリースクールは一時的な場所で、中学に戻ってくるのが筋だ、みたいな言い方をするけれど、この際そんなことは無視です。

それじゃ学校は長男が中学に通えるように何をしてくれるんですか?と言いたい。

35人もいる学級で、問題児にきめ細やかな対応が出来ないことぐらい初めからわかっています。

だから学校には期待していません。

長男は学校という枠組みの中ではやっていけない心の弱い子だということがわかりました。

そんな弱い子でも我が子です。

弱いなりにもなんとか生きていける方法をさがさなければならないんです。

それが出来るのは、中学の先生ではないのです。

それができるのは親であり、その弱さを否定せず可能性をともに探してくれる大人であり、同じような境遇にある仲間なんだと思います。

 

弱ければ強くなればいいじゃないか。

弱い子にしたのは親の責任だ。

そう言われるかもしれません。

その通りかもしれません。

でも、どうやったら強くなれるのか、私にはわかりません。

私自身が弱いからいけないのかもしれません。

じゃあ、私自身はどうしたら強くなれるのか、私にはわかりません。

某大女優が泣いていました、「息子がどうしたらつよくなれるのか」と。

私も涙が出ました。

ひとり立ちしろと突き放せば強くなれますか。

自立しろと親から家を出されたことを恨んでなのか、両親を殺してしまった男の事件がありました。

中学の時いじめられ続けて、親にも誰にも言えず耐えて、ボクシングの世界チャンピオンになった人がいます。

一方で、誰にも言えず死んで行く子供たちがいます。

誰か教えてください、どうしたら強くなれるのか。

私にはわからないことばかりです。

 

中学の時将来の計画を立てなさいと言われました。

将来何になりたいのか、5年後の自分、10年後の自分はなにをしているか、

それを書いて出すという宿題がありました。

自分の将来を考えるということは、とても大切なことだと思います。

でも私には考えることが出来ませんでした、なにも浮かびませんでした。

そんな時母が言いました。

「誰もが将来に明確な計画を持って生きているわけじゃない。

私なんて将来に希望なんて持てない時代を生きてきた。

ただただその日を生きるのに精一杯だった。

それがいけないことだなんて思わない。

今から将来のことがそんなにきちんと考えられなくたって大丈夫。

自分の立てた計画通りに生きている人なんてそうはいない。

それでも人間は生きていける。

なんとかなるもんなんだよ。

1日1日を精一杯生きていけばいいんだよ。」

 

長男の将来にもの凄く不安を抱いています。

でも今は、高校はどうしようとか、将来はどうしようとか、そういうことは考えないほうがいいのではないかと思っています。

今は、今出来ることをやっていこう。

フリースクールに通えるならそれでいいじゃないか。

今はそれ以上考えるのはやめよう。

今まで出来なかったことを出来るように、少しずつ積み重ねていこう。

そうすれば何かが見えてくる日もあるかも知れない。

母の言葉を思い出して、私はそう考えるこに決めました。

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2007年10月24日 (水)

叱り方を考えてしまう

「パケット代3万円の怪」の続きです。

 

 

こういう時って、どういう風に叱ったらいいのか考えてしまう。

長男は何か失敗や間違いをするとパニックを起こしやすい。

例えば、(随分昔の話だけど)長男が幼稚園の時、昼食の時にお茶を隣の女の子にこぼしてしまったことがあった。

長男は謝ることも出来ずに泣き出してしまったそうだ。

自分が加害者なのに、被害者よりも大泣きしてしまう。

小さい子には結構あることだけど。

「あっ、やってしまった!」と思うとどうしていいのか分からなくなってしまうんだと思う。

中二の今でもそういう傾向がある。

だから、自分のやったことでとんでもないことが起きて、それがばれてしまったことで、かなり動揺していたはず。

そこをいきなり頭ごなしに叱り付けたら反省もできない状態になってしまうんじゃないかと、私はハラハラしていた

夫に「何でやってないって嘘ついたんだ?!」と叱られて長男は何も言えずに黙って俯いていた。

ひとしきり叱られて長男は自分の部屋に行った。

いきなりガンガン叱れば長男が反発するだけなのは分かっていたから、その時夫がいつまでも叱り付けてなくてよかったと思った。

念のため夫に「もう、あんまりきつく言わないでね。きっと自分のしたことにびっくりして、かなりビビッてるはずだから。」と言った。

「3万だぞ、最終的には4万くらいになるかもしれないぞ。」

夫は長男が嘘をついたことだけでなく、そんな金額が無駄に出て行くことに腹が立つと言ったが、お金のことをあまり攻め立てるのは違う気がした。

もちろんお金は大事だし、私もこの出費はショックだ。

だけど感情的になってお金のことばかり言うと、長男も開き直って「じゃあ返せばいいんでしょう!」ということになるに決まってる。

これほどの金額でなければ、夫もそれほど腹が立たなかったかも知れない。

じゃあ、金額が小さかったらあまり叱らず、金額が大きかったら腹立ち紛れにガンガン叱るのか。

やっぱりここは金額じゃないよなあ。

でもペナルティなしにはできないだろうし。

問題は、家族の信頼を裏切ったということだよねえ。

長男が隠れてあんなことや、こんなことをやっているのは私は知っていたりする。

思春期の男の子のことだから、そういうこともあるでしょうと目を瞑っているようなことだ。

今回の事もこんなことになる前に私が気付いていれば、ちょっとお説教する程度で済んだかもしれない。

もっと監視の目を厳しくすべきなのかなあ。

やっていい事悪い事、色々言い聞かせたとしても、まだまだ判断力が不足しているし、思いもかけないような落とし穴もありそうだし。

う~ん、私はやっぱり甘いのかなあ。

 

 

もうちょっと続きそうです・・・。

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2007年10月22日 (月)

パケット代3万円の怪

夫が携帯を新しくしたのだが、新品だというのにバッテリーの減りがとんでもなく早いので変だ変だと言っていた。

フル充電したはずなのに、翌日にはバッテリーのマークがひとつだけになっている。

機械の異常かもしれないからショップに行って調べてもらったほうがいいんじゃない、なんて話していた。

そうしているうちに、携帯の請求書が来て、「パケット通信料5456パケットでした」なんて書かれている!

メールもネットもほとんどしていないのに、何だこれは?!

でも、携帯の請求書って、はっきり言って私にはちんぷんかんぷん。

何度見てもよく分からない。

なんだろうねえと言いながら、請求額はそれほど多くなかったから、バッテリーのことと合わせてショップで訊いてみたらー?という程度にしか考えていなかった。

ところが昨日、携帯の会社からはがきが届いた。

請求書ではなく、10/1~10/16のパケット代のお知らせだった。

普段のパケット代に比べて異常に高額なので知らせてきたものだったのだが、その金額は3万円を超えていたのだ。

今度こそ「何だ、これー!!!」

長男には一応「お父さんの携帯使ったのか?」と訊いてはいた。

「使っていない」と言っていたので深く追求していなかった。

こんなはがきが来たので「本当に使っていないのか?」と長男に訊いたが今度も「使っていない」と答えていた。

それで夫は、携帯の会社に問い合わせの電話をした。

長々と話していたが、夜中にネットをやった記録があることがわかったようだった。

全ての記録が知りたければそれなりの手続で見ることが出来るということだったようだ。

夫がもう一度長男に「本当に携帯を使っていないのか?何時何分にどこへどれだけの時間接続していたのか、調べれば全部分かるんだぞ。」と言った。

長男は「使った・・・。」と小さな声で答えた。

時間がなくなってしまったので、続きはまた後ほど・・・。

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2007年8月27日 (月)

努力は実を結ぶ?

夏休みの宿題に苦労したことを前の記事で書いたけど、

これくらいの宿題の量は中学生として普通にこなしていかなければならない量なんだろうなと思うと、悲しい気持ちになる。

前の記事で書いた宿題のほかに、英語の会話文を暗唱できるように憶えてくるというものもあって、長男は結構一生懸命やっていた。

でも、やった割にはなかなか憶えられない。

1から4までの会話があり、最低限1の会話は暗唱すること。

4まで全て暗唱できたら得点アップ、ということで、休み明けに早速テストがあったのだけど、長男は1の会話の最後のところがどうしても思い出せなくて、ペケだった。

努力しても、それが結果に結びつかない。

そういう人って確かにいるんだよね。

学校の先生をやっている人は、努力がそれなりに結果に結びつく人なんだと思う。

だから、できないヤツ=努力してないヤツ、なんだろうなあ。

私も中学の時は、こういう暗唱ものや、漢字なんかは結構楽に憶えられるほうだったので、「やれば出来る」と思っていた。

でも、弟は文系がとても苦手で、漢字なんてまったく憶えられない人だった。

ある時漢字のテストがあるので、弟は夜遅くまで勉強していた。

しかしテストの結果はほとんど0点だったようだ。

母から聞いた話だが、弟は先生に「勉強しなかったんだろう?」と言われたそうだ。

勉強したのに出来なかったと思われるのが嫌だったので、弟は「はい。」と答えた。

でも本当は勉強したんだ。

それでも出来なかったんだ。

勉強の仕方が足りなかったんだと言われればそれまでだけど。

そのとき私は初めて、どんなに一生懸命やっても出来ない人もいるんだということに気付かされた。

できる人には、それが出来ることは当たり前のこと。

だからできないということが考えられない。

出来ないのは本人が努力を怠っているからということになる。

塾に通って成績がアップするのは2割の子だというデータもある。

成果主義で結果を出してくるサラリーマンも2割弱らしい。

みんなが思っているほど、努力は結果に結びつかないということなんだろう。

それでも多くの人は思っているはずだ、余程とんでもない目標でない限りやれば出来るはずだと。

夏休み中のことに話を戻すと、長男は宿題だけでいっぱいいっぱいで、他のことはやっていない。

私としては、遅れている勉強もやらせたかったけど、それは容量オーバーだった。

努力が実らないことがあることは分かっているけど、子供には努力することをやめてもらいたくない。

社会に出たら、結果を出せない努力は無駄でしかないのだろうが、子供にそれを当てはめることは出来ないと思う。

今結果が出なくても、努力は無駄ではないはずだ。

それでも否応なく結果は出てきて、努力に関係なく数字で表される。

そういう数字に関係のない世界で生きていく選択肢もあるが、それも易しいことじゃない。

もうちょっと努力が持続してくれれば、何とかなるんじゃないかーなんて思う私は、矛盾してるのかなあ。

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2007年8月24日 (金)

夏休みの宿題

北海道の夏休みが終わった。

小学生は17日から、中学生は22日から新学期が始まった。

・・・のだが、問題は、例によって中二の長男。

中一の時はたいした宿題はなかったのだが、この夏はたんまり宿題があった。

そこそこできる子には「めんどいけどしゃあないな」くらいなものだろう。

長男にとっては地獄だった。

問題集の宿題はまだいい。

てこずったのは作文と、社会科のレポート。

長文を書いたことのない長男は七転八倒していた。

作文の課題は、これまでの人生で強く心を動かされたこと。

1201字以上1800字以内で書く。

題名は安易に付けず、しっかり考える。

作文の始まりを「僕が」「私が」にしない。

というもので、心を動かされたことというのは、悲しかった出来事、つらかった出来事を書くとよい、ということだったようだ。

私が子供の頃は、小学生の頃から読書感想文をかなり書かされたように思う。

400字詰め原稿用紙に3枚くらいは普通に書いていた。

作文も結構書かされた。

ところが、うちの子供たちは読書感想文なんて書いたこともない。

夏休みの自由研究として書いている子は書いているのだろうが、学校の宿題としては出ないのだ。

作文もあまり書かせないようだ。

運動会や学芸会などの行事の後に一言感想のようなものは書かせるが、長い文章はあまり書く機会がない。

みんなの前で発表するということに重点を置いているからからそうなのだろうか。

感想文や作文なんて自発的に書きたくなるものじゃないから、宿題でもない限り書くことはほとんどないと思う。

そのせいか、うちの子供たちに書く力がないせいか、子供達は長い文章を書くのがとても苦手だ。

そういうわけで、中二になって突然の作文の宿題に長男はかなり苦しんだ。

小学生の頃からこういう宿題がよくあった私からすれば、それくらい当然の苦しみだ。

今までそんな経験がないほうが不思議な気がする。

私だってなかなか書けなくて夏休み最後の日に夜遅くまで苦しんで、始業式のその朝にもまだ書いていたということがあった。(褒められた経験ではないが)

だから、「作文、早くやったほうがいいよ。」とアドバイスしていたのだが、「もう書くことは決まっているから大丈夫。」なんてほざいていた長男。

「決まっているんなら尚更早く終わらせたほうがいいよ。いざ書こうと思ってもなかなか書けなかったりするもんだからね。」と親切に忠告しているのに、うるさいと怒り出す始末。

で、のらりくらりしていて、書き出すとやっぱり書けなくて、どうしたらいいと結局私に泣きつく長男。

中二にもなって作文書けなくて母親に助けを求めるなんて、情けないけど、それが長男の現実。

もうひとつの困難、社会科のレポートは「歴史を調べる」というもの。

好きなテーマを決めて、その歴史を深く掘り下げて調べる。

簡単に調べられる、上っ面だけのものはダメ。

「どうしたらいいの~?」と訊かれたって、こんなの私だってどうしたらいいのか分からないよ。

テーマは決めたようなので、「とにかく、図書館にでも行って調べなさい」と言っているのになかなか動き出さない。

そうこうしているうちに、夏休みも残すところあと三日となって、作文もまだ未完成、社会のレポートも手付かず、家庭科の「豚汁」を作る宿題もやっていない、自由研究もやってない、なんと数学の問題集の宿題さえまだ手をつけていないところがあるという、ものすごい状況になっていた。

結局私も少し手伝って、22日の午前2時までかかって、とりあえず、何とか宿題が終わった。

もっと早めに毎日こつこつやればいいのは分かりすぎるほど分かっているんだけどねえ。

私もやらせようと努力はしたんだけどねえ。

どうしても集中が続かない長男。

今年の夏は、ものすごく暑かったしねえ。

私も半分死んでいたし。

ああ、でもねえ、努力をするというのが、こんなに大変なことだなんて、努力できる人には分からないことなんだろうね。

私もね、なんでもスラスラできる人間じゃないから結構苦しんだよ、宿題とか。

でもね、それなりに努力して何とかやった。

長男を見ていると、その努力さえなかなかできない人間がいるんだということが分かる。

やろうとはするんだけどね、具合が悪くなったり、頭が痛くなったり、イライラしたりして、続かない。

でも、最後はなんとかやり終えたから、まだいい方かもしれない。

何もやってこなかった子もいるらしい。

最初から捨ててるんだね。

上を見ても下を見てもきりがないから、、人と比べることが無意味なんだろうけど。

今日、長男は休んでいる。

夏休みのラストスパートのせいか調子が悪くて学校へ行けない。

せっかく頑張っても学校に行けないんじゃダメじゃん・・・。

今の私がダメダメなせいなのか。

でも、中学の私はもうちょっと頑張ったぞ。

どうすれば頑張れるのかなあ。

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2007年7月18日 (水)

家庭教師はお母さん

中二の長男が最近少し勉強するようになってきたので、家庭教師代わりに教えたりしている。

教えるのは、もっぱら数学なんだけど、私は数学が大の苦手。

勿論おつりの計算くらいはできるけど、暗算も苦手。

数字を見ると拒絶反応なのか、頭の中が真っ白になることも。

そんな私が、不思議と数学教えられるんだよねぇ、これが。

もう何十年も方程式なんかとは無縁の生活を送っているわけなんだけど

中二の数学くらいなら分かる自分に軽くびっくり。

あれ、これってどうだったっけ?と教科書を見ると、あ、そうだったと、すぐに思い出せる。

こういう基礎の基礎みたいなことって、一度身に付くと自転車みたいに忘れないものなんだろうか。

それにしても、分かっているのと教えるのとは別問題で、分かりやすく教えるというのは難しい。

それに生徒が我が子なので、つい叱りつけたくなってしまう。

それをやっちゃ長男のやる気が失せてしまうので、気を長~く辛抱強く付き合わなければならない。

父親はすぐに「そんなことも出来ないのか!まだ分からないのか!ばか!」となってしまうので、長男は父親に教えてもらうことは徹底的に拒絶している。

長男は飲み込みが悪いので例題を2,3こやったくらいでは理解出来ないタイプ。

それにイライラしたら、こっちの負けなんだけどね。

飲み込みが悪いから沢山問題を解かせたいと思うんだけど、それもなかなか難しい。

集中が続かなくて理解する前にいっぱいいっぱいになっちゃう長男。

勉強させるのって難しいよ~。

そして、暗記ものはだめだねえ、教えられない。

数学みたいにあるルールにのっとって問題を解いていくものはできても、暗記しなけりゃならないものはどんどん忘れてゆく。

特に漢字は書かないと日々忘却の彼方に飛んでゆくねぇ・・・。

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2007年7月17日 (火)

六歳のひとり旅

長男が小一の夏休み、電車に乗せて初めてひとりでダンナの実家に行かせた。

一時間四十分ほどのひとり旅だ。

長男は電車おたくだったので電車に乗れるのでとっても楽しみにしていたが、ひとりということで、やっぱり緊張していた。

駅まで送っていって電車に乗せたが、停車時間がとても短くて空席を探してやることが出来なかった。

混んでいないだろうと思ったら思いのほか混んでいて、座れたかどうかとても心配になった。

始発駅からのせてやるんだったと思ったが、後悔先に立たず。

長男を乗せた電車が走り去ってから、やはり子供を見送りに来ていたお母さんと目が合い話しかけられた。

そこの子供は3人兄弟で一番上のお兄ちゃんは高学年だった。

行き先もほとんど同じ。

乗せる前にこのお母さんと話していれば、あの子達と一緒に行けたのにと、また後悔した。

どうしたかなあと、到着の電話を不安な気持ちで待っていると、

「着いたよ!」と長男の明るい声で電話がかかってきた。

長男は電車が好きだったので、本来は降りるはずの駅でおばあちゃんが電車に乗り込んで、終点まで一緒に乗っていき、終点でおじいちゃんが待っていて車で家まで連れて行くというオプション付きだった。

30分も余分に電車に乗れて、ウキウキ気分のようだった。

「ひとりで大丈夫だった?」と訊くと

「うん、大丈夫だったよ!」と元気よく答えてくれたので、ほっと胸をなでおろした。

ところが、夜寝る時間になって長男が電話をかけてきた。

「お母さん、死ぬかと思った・・・。」とめそめそしている。

「ずっと座れなかったの・・・・ぐずぐず。」

よく話を聞くと、電車に乗って最初の一時間くらいは空席がなくて乗降口付近にリュックを置いてその上に座っていたようだった。

その後、車掌さんが来て空席があることを教えてくれてやっと座れたらしい。

着いた時はあんなに元気だったから、そんなこととは全然知らなかった。

夜になって親がいなくて心細くなったせいか、昼間の出来事を思い出して悲しくなってしまったようだった。

昼間のウキウキした気分の時はなんでもなかったことが、夜になってとても辛い出来事に感じられて、私に愚痴りたくなったのだろうか。

やっぱり始発から乗せてやるべきだったと胸が痛んだ。

長男は3日ほどひとりで泊まっていたのだが、毎晩夜になるとめそめそと電話をしてきた。

昼間は何でもないのに夜になると心細くなるようだ。

「おかあさん、○○に行ったよ!」

「おじいちゃんと○○したよ!」

昼間はそう元気に電話してくるのに、夜になるとめそめそするので、まだまだ赤ちゃんなんだなと、ちょっぴりおかしかった。

翌年からは始発駅から乗せるようにしたので座れないということもなく、電車でのひとり旅は楽しい恒例の行事になった。

でも、まったく心配がないというわけでもない。

いつどんなことが起きるか分からない世の中。

初めてのバスでのひとり旅でバスジャックに遭ってしまった子もいる。

長男が今まで無事でいられたのは幸運以外の何ものでもないのかもしれない。

知り合いの息子さんは友達4人で歩道を自転車で走行中に、車が歩道に突っ込んできて次々に跳ね飛ばされた。

自宅からいくらも離れていない場所だった。

ひとりは即死、ひとりは大腿骨骨折、ひとりはかすり傷、そしてその知り合いの息子さんは脳挫傷で3日間意識不明だった。

その後2ヶ月ほど入院したが現在は元気に暮らしている。

身近な人のそんな事故に、他人事ではない突然降りかかる事故の恐ろしさを感じた。

普通に道を歩いていても、いつどんな災厄に見舞われるか分からない。

だからといって、子供を家に閉じ込めておくわけにはいかないし、いつも子供にぴったりとくっ付いているわけにもいかない。

もちろん子供に限らず、私だっていつどんなことになるかは、「神のみぞ知る」だ。

そんなことを考えると、生きていくということは「賭け」のようだなと思う。

分からないことだらけの人生を生きていく。

せめて子供のうちは、のびのび楽観的に生きてほしいと思っても、変質者情報は度々発信され、子供は「誘拐されたらどうするの?!」と怯える世の中。

子供には出来る限りの安全をと思っても、結局親に出来ることは子供の無事を祈ることくらいなんだろうか。

年々広がってゆく子供の行動範囲。

いちいち心配していたら生きた心地がしないだろう。

でも、いつも心の隅では小さな不安がざわめいている。

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2007年7月 9日 (月)

子供にはいつも笑顔でいてほしい

4日の水曜日、PTAの仕事で小学校に行き、仕事が終わるとちょうど次男の下校時間だった。

玄関に三年生がやって来たので一緒に帰ろうと思って次男を探したが見当たらない。

靴箱を確認すると上靴が入っていたので、もう外に出てしまったようだった。

まあいいかと思って、PTA花壇の枯れた花を摘み取ったりしてからゆっくり歩きだした。

そのうちに、道の先に4人の男の子が歩いているのが見えてきた。

次男のグループだとすぐ分かった。

見ていると、子供たちが歩道にしゃがみこんで動かなくなった。

私はすぐに追いついて「どうしたの?」と声をかけた。

すると次男が何やらめそめそしている。

立ち上がって私に何かぐずぐずと言ったが、よく聞き取れなかった。

もう一度「なあに?」と訊くと、「やっぱりポン太なんか死んだほうがいいんだ。」と言った。

「どうしたの?嫌なこと言われたの?」と訊くと

「道徳の時間にMが、嫌な奴がいるんだよねえって言った。」と次男。

例のポン太を何かと構うMちゃんは、今通路を挟んでポン太の隣の席にいる。

「Mちゃんは、それがポン太だって言ったの?」

「言わないけど、絶対ポン太のことに決まってるんだ!」

「そうなの・・・?」

「お母さん、Mのお母さんに言ってくれた?ポン太に嫌なことしないようにって。」

「・・・言ってないよ。」

「お母さん言ってよ。」

「う~ん・・・・。」と私は困ってしまった。

「もう死にたい。死んだほうがいいんだ。」とポン太は言った。

私はますます困ってしまって、「死にたいなんて言わないの。」と言った。

こういう時はどうしたらいいのか途方にくれてしまう。

「嫌なことがあると死にたい気持ちになるけど、嫌なことばっかりじゃないでしょ?楽しい事だってあるんだから死にたいなんて言わないで。」と言ったが、あんまり説得力はないなと思った。

他の子供たちも困ったなあという様子だった。

子供たちとゆっくり歩き始めると、K君がポン太を慰め始めた。

「俺だって嫌なこと言われることあるよ。」と、ポン太を元気付けようと色々話しかけてくれる。

ちょっと前にはボーっとしているポン太をからかってばかりいたK君だが、こんな優しいところもあるんだなと、新しい発見だった。

夜になってからポン太に、「心の教室の先生に相談してみたら?どうしたらいいか、何か教えてくれるかもしれないよ。」と言った。

スクールカウンセラーの人が週に一回程度来ていて、ちょうど翌日がその日だった。

ポン太は「う~ん、もう少し考えてみる。」と言った。

「担任の先生に相談してみようか?」と言うと

「先生には言わないで。先生に言ったらみんなで話し合うことになると思うから。そしたらまたいろんなこと言われるから嫌なの。」

私は「そうかー。」としか言えなかった。

傍から見ると些細なことなんだけど、些細なことじゃないんだよね、これが。

とってもデリケートな問題でもある。

Mちゃんのお母さんと話してみるという選択もあるけれど、それは最後の手段。

どんなに親しいお母さんでも、この手の話はショックなものなんだと思う。

どんなにソフトに切り出してもうまくいかないことがある。

私も長男が2年生の頃「うちの子が泣いて帰ってきたんだけど・・・・・・」という電話を近所のお母さんからもらった事がある。

何でうちの子が?!という思いが真っ先にきて、結構ショックだったと記憶している。

そんなことで電話するの?という気持ちもあった。

それでも何とか気持ちを落ち着けて子供に話を聞いてみると、まだあまりコミュニケーション能力が高くない子供特有の誤解や勘違いが招いたトラブルだということが分かった。

勘違いとはいえ女の子が傷つくようなことを言ってしまったので、長男にはその子に謝るように言って、その子のお母さんにも経緯を説明して謝った。

子供の世界ではよくある些細なトラブルと言えばそうなのだが、その女の子にとっては、普段意地悪したりしない長男から言われたというのがショックだったようで、あまり泣いたりしない子が家で号泣したのだそうだ。

それで電話が来たのだった。

私だったら電話しなかったと思うが、誤解が解けて結局は良かった。

私もやむにやまれず電話をしたことがある。

なるべく穏便に事の次第を説明しようとしたのだが、私が最後まで話をしないうちにそのお母さんは興奮した口調で、うちの子だけが悪いわけじゃないでしょう、というようなことを言い出して、私の真意は伝わらなかったようだった。

割と親しいお母さんだったので大丈夫かなと思っていたのだが、誰でも自分の子供のことになると冷静ではいられなくなるんだということが、身に沁みた出来事だった。 

私がかけた電話のせいでその後もちょっとしたごたごたがあったが、どうにかこうにか問題は解決した。

それでも、その時の精神的なストレスは物凄いものがあった。

食事なんてのどを通らないし、体はフラフラになるし、電話なんてしなければよかったとどれほど後悔したことか。

だからポン太の問題も、Mちゃんのお母さんの出番がないうちに、何とか落ち着いてくれたらいいのだが、どうしたものか。

ポン太は今日はどんな顔をして帰ってくるのか。

「嫌なこと言われた。」と泣きそうな顔で子供が帰ってくるのは、やっぱり辛い。

子供にはいつも笑顔でいてほしい。

これは世のお母さん達の願いだね、きっと。

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2007年6月28日 (木)

恋の話・・・?

ちょっと前の話なのだが

「ポン太がMちゃんに好きだって言われたらしいぞ。」とダンナが私に言った。

お風呂に入っているときにそんな話が出たようだ。

Mちゃんというのは日頃次男ポン太が「嫌いだ」と言っている女の子だ。

どうして嫌いかというと、ポン太に対してやたらと口うるさいからだという。

給食の時は、全部食べなきゃだめとか、こぼしているとか、ポン太が余計なお世話だと思うような世話をしきりと焼いてくるらしいし、教室掃除の時もこうしちゃダメ、ああしちゃダメと、とにかくうるさいらしい。

Mちゃんというのは仕切りたがり屋さんなのかなと思い、「ポン太だけじゃなくて他の人にも色々言ってるんでしょ?」とポン太に訊くと、「ポン太だけに言うんだよ!」と、憤慨していた。

そういう経緯があったので、好きだと言われたと聞いて、ははあ、ポン太のことが好きだからかまってたって訳か、と思った。

日を改めて、どんなふうに告白されたのかとポン太に訊いてみると、

「う~ん・・・・忘れた。」

ポン太は本当にとんでもない忘れんぼである。何でも忘れる。

「じゃあ、いつ好きだって言われたの?」と訊くと

「う~ん、う~ん・・・・・2年生の時かなあ?」

「え?そんなに前の事なの?」

「う~ん・・・・あ、3年生になってからだ。」

「ポン太のこと好きだよって言われたの?」

「ううん。」

「じゃあ何て言われたの?」

「ポン太のこと好きなの?!って訊いたの。」

えっ?自分で訊いたのか?

「そしたらMが、うんって言った。ポン太は、はっきり言って嫌いだからねって言った。」

え~~~っ!そんなこと言ったのかい?

「Mちゃんは何て言ってた?」

「最低!って言った。」

そりゃあ、最低だよなあ。

Mちゃん、ものすごく傷ついたよね。

でも3年生の男子としては、そんな感じなんだろうね。

いつもうるさくかまわれて大嫌いだと思っていたから、素直に嫌いだと言った・・・ということなのよね。

「はっきり言って嫌いだからね」という言いかたはひどいと思うのだけれど、学校から帰って来て、うっすら涙を浮かべながら「Mなんか大嫌いだ」と言っていたポン太を知っている私としては、ポン太ばかりを責めるのも・・・と思ってしまう。

もう随分前の話のようだし、今更その時のことを改めてほじくり返すこともないのかも知れない。

でもどうしてポン太は「ポン太のこと好きなの?」って訊いたのだろう。

もしかして、色々かまわれるから、最初に「ポン太のこと嫌いなの?」と訊いたのだろうか。

そうしたらMちゃんは「ううん。」と答えた。

嫌いじゃないなら好きなのかという意味で「好きなの?」と訊いたのかも知れない。

だったら、もしかしたらMちゃんも特別ポン太を好きなわけではないのかも知れない。

でもそれならどうしてMちゃんは今でもポン太だけをかまうのか。

う~ん、これは恋なのか、そうではないのか。

どっちにしても今のポン太はMちゃんのことを迷惑としか思っていないようだ。

昨日も帰ってくるなり「Mなんか嫌いだ!」と怒っていたし。

この先いったいどういうことになるのやら・・・・・ね。

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2007年5月18日 (金)

学校に行けない

「トラブル」の続きです。

 

さんちゃんに裏切られたと言って目を赤くしている長男を見て、これじゃ明日は欠席だなと思った。

ショックなことがあって一日くらい欠席するのは大目に見よう。(こんなこと思う私はやっぱり甘い親なのか。)

でもこれでまた長期欠席になったりしては困ったことだなあと思う。

案の定、次の日長男は具合が悪くなり学校を休んだ。

先生には体調不良とだけ言った。

先生に相談するべきか考えたけれど、まだどんな先生かよく分からないし、話すことでもっと状況が悪くなる事だって考えられる。

少し様子を見ようと思った。

その次の日もおなかが痛いとか吐き気がするとかで学校へ行けなかった。

先生から電話が来て「何かありましたか?」と訊かれた。

家庭訪問のときに、ちょっとしたことが精神的プレッシャーになって学校に行けなくなったりするということを少し話したので、先生も気にかけてくれたのだろう。

私は「部屋割りのことでちょっとショックをうけたようで・・・。」と詳しいことは言わなかった。

「う~ん、みんなが自分の思い通りにはなれないので、少しずつみんなで我慢していくしかないんですよね、それも勉強だと思うんで・・・。」

先生の言うとおりなんだ。

しかし、極端すぎるんだよね。

親友と同室になれると思っていたら、大嫌いなヤツにあたってしまった。

人生ってこういうもんなのかなあと、溜め息が出る。

その日の夕方、さんちゃんから電話があって、部屋割りが変更になったことを知らせてきた。

なんと!さんちゃんが、長男と同室になるはずだったH君と同室になったと言う。

H君が先生に、長男とはほとんど話したこともないし親しくないので変えて欲しいと言ったらしい。

何がどうなったのかはよく分からないが、さんちゃんと同室になるはずだったM君も、長男も、それぞれ別の子と同室になった。

長男はとりあえずH君と同室は免れたけれど、今度はさんちゃんがH君と同室と聞いて複雑な心境だったようだ。

「さんちゃんに何だか悪い気がする・・・・・。」と長男。

そして次の日は金曜日だったが、その日も長男は学校に行けなかった。

私は「もう学校には行かないつもりなの?宿泊学習の日に具合が悪くなったら無理に行けとは言わないけど、学校は宿泊学習だけじゃないんだよ。これからどうするのか、よく自分で考えなさいね。」と長男に行った。

数学が大嫌いだった長男が、2年生になって数学の先生が変わった途端、「数学が面白くなった」と言って勉強するようになった。

少しは勉強にも意欲的になって、いい方向に向かっているように見えたのに、またつまずいてしまった。

中学生にもなれば、子供を無理やり学校に引きずっていってどうにかなるというものではない。

本人の気持ち次第だ。

自分の将来をどう考えているのか、どういう生き方をしたいのか、その為に今何をしなければならないのか。

そういうことを何も考えられないのに、学校へ行け行けと責めたてても、きっと何の意味もないことなんだと思う。

長男も、高校には行きたいといっているし、少しは分かってきているようだが、これからどうなっていくのか、私には予想がつかない。

月曜日から登校していた長男だが、昨日は具合が悪くなり早退してきた。

今朝も鼻血が出て、その後具合が悪くなり寝ている。

来週は運動会を控えて、委員会の仕事や、運営委員会の仕事で忙しい一週間になりそうだ。

長男も次男も何事もなく過ごしてくれると有り難いんだけどなあ・・・・・。

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2007年5月16日 (水)

トラブル

長男が通う中学で来週、宿泊学習がある。

2年生が修学旅行の練習みたいな感じで一泊して、札幌にある施設を自分たちで選んで見学してくるというもの。

長男は、見学する施設へのルートや交通費などをパソコンで調べたり、いつになく積極的だなあと思っていたのだが、先週突然、宿泊学習に行きたくないと言い出した。

ああ、またきた、今度はどんなトラブルなんだ~、と心の中でうなだれてしまう私。

訳を訊き出すと、仲良しの友達と同じ部屋になれるはずだったのに、嫌いな人と同じ部屋になったからだと言う。

宿泊先はビジネスホテルなので、大部屋なんてなく皆ツインルームに泊まるので、当然部屋割りは二人一組。

そういうことなので、なるべく親しい人と同部屋になれるように部屋割りをしていくということを、班長会議というもので決めていて、長男は同じ班の仲良しの友達と同じ部屋になろうねと約束していて、当然そうなれるものと思っていた。

ところが、その友達のさんちゃんが言うには、M君に突然「なろう?」と言われて何だか訳が分からず曖昧に「うん?」と答えていたら、それが部屋割りのことで、さんちゃんとM君が同室になり、長男はH君と同室になったそうなのだ。

長男が言うには、もう決まって変更できないとのこと。

「でもね、班が同じなんだから、さんちゃんとは日中は一緒でしょ。

寝るときだけなんだから、それくらい我慢したら?」と私。

ところが、その同室のH君は、長男が大嫌いなS君と仲がいいし、すぐ切れる感じの子なので、ものすごく一緒になりたくないヤツのひとりだという。

S君は色々問題の多い子で、煙草も吸っているらしい。

そんなS君と仲の良いH君と同室になれば、きっとS君が部屋にやって来る。

そして、持ち物を盗られたり、嫌がらせをされたり、何かのトラブルに巻き込まれるかもしれないと長男は言う。

そんな訳で、昨日まで天国にいたのが突然地獄に落とされたようなショックを受けていた。

何よりも、「さんちゃんに裏切られた」というショックのほうが大きかったようだ。

「M君が言ったことが部屋割りの事だって分かった時点で、俺と同部屋になるって約束してるって言ってくれれば、まだ訂正できたのに、さんちゃんは何も言わなかった。もう訂正できない今になってそんな事言って、ごめんってしか言わないなんてひどい。裏切られた。」

さんちゃんの言っていることがすべて本当のことなのかどうかは、私には分からない。

でも、さんちゃんという子は、なかなか人に嫌ということが言えない子なのだ。

優しいし、自分の言い分を強く押し出してくることのない子だ。

だから長男と約束してはいたけれど、M君に断ることが出来なかったのかもしれない。

もうひとつ考えられるのは、そんなさんちゃんの優しさに長男がわがままになって、自分ひとりで親友気分になっていたということ。

さんちゃんは、もしかしたら長男以外の子と同室になりたかったのではないか。

後のほうの考えは長男には言わずに、さんちゃんの性格のことを長男に言った。

「さんちゃんてね、嫌って言えない性格でしょ。人にあんまりきつく言うこともできないでしょ。だからあんたと同室じゃなくなってしまったと分かっても、何も言えなかったんだと思うよ。さんちゃんってそういう人だって、あんただって分かってるでしょう?だから裏切ったとかそういうことじゃないと思うけど。」

それでも長男は「宿泊学習に行かなくてもいいでしょ。行かないからね。」と言ってきかなかった。

長男の気持ちはとってもよく分かる。

私も話を聞いて、何でこんなことになるんだとがっくりきてしまった。

せっかく調子よく学校に行っていたのに。

でも親としては、行かなくてもいいとは言えない。

気持ちは分かるけど、じゃあ嫌なことがあったらいつも逃げるのか、ということだ。

人生なんて自分の思い通りにならないことばかりだ。嫌な事だってたくさんある。

そんな嫌なことから逃げてばかりいたら、この社会では暮らしていけない。ひとりで部屋に引きこもっていなければならなくなる。

そんなことを考えていたら、これは自分への戒めのような気がしてきた。

私が自分の気持ちをうまく整理できなくていつまでもぐじぐじとやっているから、子供を通して、お前がしっかりしないからこんなことになるんだ!と叱られているような気がした。

子供に逃げてばかりではいけないなんて言える親なのか、お前は。

そんなことを考えて、私も落ち込んでしまった。

 

 

長くなったので、続きはまた後で・・・・・。

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2007年4月 6日 (金)

今日から新学期

我が家の小学生、中学生ともに、今日から新学年が始まった。

長男は一昨日からどんなクラスになるのか不安で不安で、またぐちぐちやり始めていた。

「きっと、仲のいい友達と同じクラスになれない。」

「また、あの嫌なやつと同じクラスになりそうな気がする。」

「きっと自分だけ嫌な奴ばっかりのクラスになる。」

私に絡むように、そんなことばかり延々とぐちぐち言い出すのだ。

誰でも新学期は不安なものだと思う。

私もクラス替えがある4月は大嫌いな月だった。

それにしても、長男の取り越し苦労にはいつも悩ませられる。

私に怒りや不安を吐き出して、黙っていると無視すると言って怒るし、何か言えば全然わかってないと言って怒るし、分かるよと言えばどうせバカにしてるんだと言って怒るし、結局何をしても怒られる私。

中学は始業式の前日に新しいクラスが発表になるので、長男は昨日は学校へ行ってクラス編成を見てきた。

帰ってくるなり「最悪だ。」

一番一緒になりたくない嫌な奴と同じクラスになってしまったのだ。

でも、一番仲良しの友達とも同じクラスになっていた。

とりあえず、ほっとした。

これで、仲良しの子と違うクラスだったら目も当てられない。

しかし「あいつがいると授業崩壊になる。」とまた私に絡み始める長男。

どういうことになるかは始まってみなければ分からない。

大きな問題が起こらないようにと祈るような心境だ。

PTAの委員も今年はやらなきゃならないかなあ。

こっちもちょっと不安。

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2007年3月 6日 (火)

子供の発表を評価する

3月2日の次男の参観日にはダンナが行ってくれた。

体調は大分良くなっていたのだが、2日の夕方から出かける予定だったので、私が出歩いてまた体調崩して予定がおじゃんになるといけないということで、ピンチヒッター、ダンナ。

総合の学習で、「自分調べ」というのをやっていて、生まれてから今までの自分の歴史をまとめて発表するという内容だったので、どんな発表をするのかダンナも興味があったみたい。

私も発表が見たかったけど、家にいて出かける準備をしろという命令が下り断念。

ダンナと次男ポン太が帰って来て、「発表どうだった?」と訊くと

「ポン太はしゃべるのが早すぎたな。」とダンナ。

それを聞いてポン太はがっくりとうなだれてしまった。

もうっ!どうして第一声がダメだしなんだっ?!

発表を見てもらうのを楽しみにしていたんだから、褒めてあげればいいのに。

「でも、ちゃんとみんなに聞こえるように発表できたんでしょ。

良かった良かった。」と私が言うと、ポン太ちょっと復活。

「全員発表したんでしょ?」と訊くと

「自分で発表に点数付けたんだよな。」とダンナ。

先生が「自分の発表が○○点だったと思う人」と言って、それぞれが自分の思う点数のところで手を上げたらしい。

「先生ね、400点だったと思う人って言ったんだよ。」と言ってポン太は楽しそうに笑い出した。

私が「ポン太は何点だと思ったの?」と訊くと「90点」と答えた。

するとダンナが「う~ん、ポン太は75点くらいかなあ。」と言った。

そして他の子の発表が良かったと話し出した。

それを聞いてポン太はまたうなだれてしまった。

私は顔でもうそれ以上何も言うなと合図を送ったけど、ダンナはそんなことにはお構いなくどんどんダメだししそうな感じだったので、ポン太が自分の部屋に行った隙にダンナを捕まえた。

「本人が90点て言ってるのにどうしてそれ以下の点を付けなきゃならないの?そんな点数に何の意味があるっていうの?90点ってポン太が言ったんなら、じゃあもう少しゆっくり話せば100点満点だったなって言ってあげればいいんじゃないの?どうして否定するようなことばっかり言うかな」

私が頭に来て文句を言うと、ダンナはニヤニヤしながら「わかった、わかった」と答えたが、きっと分かっていない。

ポン太は発表を褒めてもらいたかったのに。

ダメだしはしないように前もってダンナに言っておくべきだった。

きっとダンナは「子供にばっかりそんなに気を使って」って思っているんだろうな。

私は「わざわざそんな傷つくようなこと言わなくても」と思うのだけど、それって私が甘いのだろうか。

そんなことは放っておいたほうがいいことなんだろうか。

否定され続けることで傷つくなんて甘やかすから、強い子になれないんだろうか。

あ、今思い出した。

私も参観日にはよく言われたなあ。

「どうして手を上げないの?」

「いつも蚊の鳴くような小さな声なんだから。」って。

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2007年2月 1日 (木)

いつの日か・・・

このところ、「夜驚症」で検索してここへやって来る方が、なぜか多い。

その記事はコチラ

どうしたものかと悩んでいる方が沢山いらっしゃるのだろう。

ネットで調べると出てくるけど、育児書なんかにも「夜驚症」なんて出てこないし、滅多に耳にすることのない言葉だと思う。

私は新聞でいつも子育てや医療のコーナーを見ていて、そこにたまたま「夜驚症」のことが書かれていて知ったのだが、その頃はネットにも繋がってなかったので、その記事を見つけなければとても不安な毎日を送っていたに違いない。

「夜驚症」だと分かったからと言って不安じゃなくなるものではないのだけれど。

症状が出ている子供を見守るのは、はっきり言って辛い。

ウチの長男は小学校にあがるまえに症状が出なくなったのだが、

思い起こせば本当に手のかかる子だった。(今もだが・・・)

とにかく臆病な子だった。

特に大きな音に弱い。

花火の音も苦手だった。

義理の妹が豊平川の近くのマンションに住んでいて、ベランダから花火大会が見られるというので花火見物をさせてもらいに行った時も、花火の音が怖いので窓を閉めて見ていた。

幼稚園の運動会のアトラクションに和太鼓のチームが来た時も、音が怖いと言って涙目になっていた。

幼稚園の入園式も、先生方が鳴り物を手にステージで歌ったり踊ったりし始めた途端に泣き出してしまい、保護者席の私のところへ連れてこられた。

園児席の子供たちは100名以上いたが、そこに座っていられなかったのは長男だけだった。

幼稚園のホールでは年に何回か人形劇などが催されたが、それも長男にとっては苦痛でしかなかった。

暗幕を引いてホールが暗くなるのが怖いし、嵐などのシーンで使われる効果音や音楽も怖い。

人形劇を楽しむなんて、全く出来ない子だった。

地下鉄も「ゴー」という音が嫌だと言って乗れなかった。

そんな長男も中学生の今はそんなことはない。

もう音を怖がることはなくなった。

長男はおねしょもしていた。

5年生くらいまではかなり頻繁にしていた。

6年生になると大々的にはしなくなったが、修学旅行はちょっぴり不安だった。

でも、修学旅行も無事終わり、気付けばおねしょはいつの間にかしなくなっていた。

「大人になってもしている人はいないから大丈夫。」

よく耳にするアドバイスはその通りだった。

今いろいろと悩んでいることも、そのうち、「こんなこともあったねぇ」と笑い話になるのかも知れない。

そうなってくれるといいなあ。

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2007年1月19日 (金)

腹立つぅ~~~

17日から中学校が始まり、今日から小学校が始まり、北海道の冬休みもやっと終わった。

やれやれ~と思う間もなく、長男がとんでもないことを言い出した。

「友達にMP3あげることにした。」

何ですと~~~~?!

「あげるって、そんな高価なもの友達とやり取りするなんてだめに決まってるでしょう!」

実はその2,3日前に新しいデジタルオーディオプレーヤーを買ったばかりだった。

今まで持っていたものは充電式じゃなく乾電池の減りが結構早く、

MORAでダウンロードした曲を取り込めないから、取り込める機種が欲しい。

ということで、クリスマスには特に欲しいものがなかったので、私の親から

欲しいものが出来たら買うようにと貰っていたお金にお年玉を足して

新しいのを買ったのだ。

古い方のMP3だって、ラジオが聞けなくなってしまっているが、曲を聴く分には問題なく、十分使えるものだ。

私がだめだと言った途端に不機嫌になって

「もう友達に言っちゃったのに、あ~あ、お母さんに言うんじゃなかった。言わなきゃ丸く収まったのに。」

なんてことをほざくのだ。

中学生がそんなものやったり貰ったりして良い訳が無い。

第一そのMP3は私の親からのプレゼントなのだ。

欲しくて欲しくて、一昨年のクリスマスに買ってもらったのに

簡単に人にあげてしまうなんて、何を考えているんだ!

その友達の親だって、そんな物を子供が貰ったと分かったら

きっとそんなことしてはいけないと言うはず。

そういうことを長男に言うと、クラスの人でそういうことしてる人がいるのに、と言う。

そういうことをしている人がいても、それは良くないことだ。

じゃあ、あんたは他の人が泥棒しているからと言って、自分も泥棒していいと思っているのか、と私は言った。

すると長男は、「大人だからえらいと思って、何でも抑え付けようとする。」と言って私を睨み付けた。

私はものすごく腹が立ってきた。

今まで、ゲーム機やソフトやその他色々な欲しいものを、ほとんど手に入れてきたくせに、何を言っているんだか。

ついこの間も、次男とお年玉から半分ずつお金を出し合ってWiiを買うことになったのだが、なかなか手に入らなくて、ネットで販売の情報を色々集めてやっと手にいれたのだが、それだってダンナの会社から近い店に入荷したらしいという情報だったので、仕事中ダンナにちょっと抜けて買ってきてもらったのだ。

何が抑え付けようとするだ。

みんなあんたに協力してやってるだろうに!

自分のお小遣いやお年玉で買ったとしても、それは貰ったお金。

自分では何も稼いでいないのに、一万円近くしたものを友達にポイとやってしまうなんて。

それを注意したら大人の横暴だという様な事を言う。

「そんなに友達にプレゼントしたかったら、自分で働いて稼いだお金でどんな高いものでも買ってやりなさい。」と私は言った。

長男は「ふん、言わなきゃよかった。」と言ってイライラと部屋の中のものに八つ当たりを始めた。

「他の人がやっていようとだめな事はだめだからね。もしあんたがそんな高いもの貰ってきたとしてもお母さんは返しに行くからね。」と言うと

「いつまでもうるさい!」と、また睨み付けてくる。

「あんたが分かってないからでしょ!言わなきゃよかったとか言って、親に知られなきゃ何してもいいようなこと言ってるから、それはだめだと言ってるの。」

もう、どうして分からないんだろう。

何でも簡単に手に入るから、プレゼントされたものでも簡単にあげてしまえるのか。

飽きてしまったゲームソフトを売って新しいのを買うことを許したから

こういうことになってしまったのか。

やっぱり私が甘かったのか。

年の割には思考が本当に子供っぽい長男。

折に触れて、その考え方は違うとか、そういう時はこうするものだとか

長男に分かってもらいたくて言うのだけれど、

前に心療内科の先生に、「この子は考えがとても幼くてお母さんの言うことを全然分かっていませんよ。色々説教しても全部無駄になってますよ。」と言われた。

子供っぽいのは前から分かっていた。

何とかして、そんな考え方じゃだめだと伝えたくて、色んな話をしていこうとしていた。

それが無駄だとしたら、何をしたらいいのか。

それでもやっぱり何も言わないわけにはいかないのだ。

自分勝手な長男に腹が立つやら

そんな風に育ててしまった自分が情けないやら

何だか疲れてしまった。

やっぱり戦いだなあ、子育てって。

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2006年11月30日 (木)

家庭の問題とか・・・

随分前に「5等になりたい」というアニメをテレビで見た。

内容を簡単に言ってしまうと、足に障害を持つ女の子が

いじめられながらもたくましく前向きに生きていくというもの。

主人公は小学一年生だったと思う。

このアニメの中で印象に残っているエピソードがある。

クラスにガキ大将的な男の子がいて主人公の女の子の足のことをからかったりしていじめるのだ。

ある日担任の女の先生はその男の子に、お母さん宛の手紙を渡す。

その手紙には、その子とふたりだけの時間を持ってやって欲しいというようなことが書いてあったと思う。

弟達がいて、お母さんは働いている。

お母さんを独り占めできない淋しさが学校での乱暴な言動につながっていると先生は考えたのだろう。

手紙を読んだお母さんは早速その子とふたりでアイスを食べたりして

短い時間だったけれどふたりきりの時間を過ごした。

その翌日、男の子は嬉しそうに先生に言った。

「先生、手紙になんて書いたの?お母さんすごく優しかった。またお母さんに手紙書いてね。」

そして男の子は女の子をいじめなくなった。

これはあくまでお話で、おとぎ話のように美しいエピソードだと思う。

実際にはこんな理想的に物事は運ばないだろう。

いじめている人間には、本人が気付いていなくても、心の中に何か原因があるんだろう。

その原因を解消することが、いじめをなくすことに繋がるのだろうが

今の学校でそんなことは不可能なのだろう。

長男が6年生の時、乱暴な言動でクラス中から嫌われている子がいた。

その子のせいで授業も成立しなかったり、いろいろな問題が起きていた。

担任の先生はその子の親と連絡を取ろうとしたが、親が逃げ腰で

きちんと話をする機会がないと言っていた。

参観日には来なくても、ほとんどの親は学級レクには集まってきた。

だがその子の親を私は見たことがなかった。

学芸会にも来ていなかったようだ。

その子が荒れるのは家庭の環境のせいもあるのかなと思った。

親には親の事情があるだろうから、事は単純ではない。

こうなると学校だけではどうにもならないと思う。

今、いじめの加害者を出席停止にしてはどうかという話がでているが

それだけでは問題は解決しないだろう。

出席停止にするなら、もっときめ細かな対応をしていかなければ

ますますひどいことになりそうな気がする。

そして、きめ細かな対応は、今の学校には出来ないと思う。

スクールカウンセラーの派遣時間さえ減らされてしまう現実。

少子化を何とかしなければと言いながら、教育に関する予算は

増えるどころか減らされている。

義務教育で子供一人当たりにかける国のお金は一年間約二千円。

そのうち半分は先生の給料、残りは千円。

一年間に千円。

先進国では断トツに低い金額だ。

学校では、お金も時間も人材も不足していると思う。

そして親はというと、高級外車に乗りながら給食費を払わないような

そんな自分勝手な輩が増殖している。

子供たちを取り巻く環境はどうなってしまうんだろう。

こんなことを偉そうに書いている自分を振り返ると

我が子の問題は、家庭の問題なのだと反省することが多々ある。

だがその問題を正していけない情けない自分がいる。

悩み多き毎日だ。

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2006年11月21日 (火)

親の思い

いじめを苦に自殺する子が後を絶たない。

さくらさんのブログで鴻上尚史さんが新聞に書いた「いじめられている君へ」を読んだ。

「あなたが今、いじめられているのなら、今日、学校に行かなくていいのです。 あなたに、まず、してほしいのは、学校から逃げることです。逃げて、逃げて、とことん逃げつづけることです。 学校に行かない自分をせめる必要はありません。 大人だって、会社がいやになったら、会社から逃げているのです。 次にあなたにしてほしいのは、絶対に死なないことです。 そのために、自分がどんなにひどくいじめられているか、周りにアピールしましょう。思い切って、「遺書」を書き、台所のテーブルにおいて、外出しましょう。 学校に行かず、一日ブラブラして、大人に心配をかけましょう。そして、死にきれなかったと家にもどるのです。 それでも、あなたの親があなたを無視するのなら、学校あてに送りましょう。あなたをいじめている人の名前と、あなたの名前を書いて送るのです。 はずかしがることはありません。その学校から、ちゃんと逃げるために「遺書」を送るのです。 死んでも、安らぎはありません。死んでも、いじめたやつらは、絶対に反省しません。 あなたは、「遺書」を書くことで、死なないで逃げるのです。 だいじょうぶ。この世の中はあなたが思うより、ずっと広いのです。 あなたが安心して生活できる場所が、ぜったいにあります。それは、小さな村か南の島かもしれませんが、きっとあります。 僕は、南の島でなんとか生きのびた小学生を何人も見てきました。 どうか、勇気を持って逃げてください。」

どれくらいの子供がこれを読んだかは分からないけれど、文筆活動をしている人は、鴻上さんのように子供たちへ死んじゃいけないというメッセージを送って欲しいと思った。

この文章が子供たちの心にきちんと届いてくれることを願わずにはいられない。

 

そして・・・

いじめられている子供たちは、心配をかけたくないから、迷惑をかけたくないからと

親にも相談できないと言う。

どうして?!

心配かけるからと打ち明けずに自殺することが、親に迷惑をかけないことなの?

子供を心配するのが親の役目でしょう。

人に迷惑をかけないのは大切なことで、警察の厄介になるようなことはしてはいけない。

でも誰にも迷惑をかけずに生きていける人間なんてどこにもいないし、

親に迷惑かけずに大きくなった子供もいない。

それでも親は子供を恨んだりしない。

我が子が生まれた時、親は計り知れない程の幸せをもらっているのだから

その後の迷惑なんてなんてことないのだ。

親だって人間だからダメージを受けてふらふらすることもある。

そのダメージだって我が子を失うことに比べたら、なんでもないことなのだ。

私も中学時代はいつも死にたいと思っていた。

いじめられもした。

苦しい気持ちを母親に投げつけて、泣いたり喚いたりした。

親をとても苦しめたと思う。

でも、子供をもつ身になって思うのだ。

私が苦しむことで子供が死なずにすむのなら、それでいいと。

たとえ子供がどんなに私を苦しめようと、裏切ろうと、私の愛情に変わりはない。

こんな無償の愛は、子供を持って初めて知った感情だった。

ギブアンドテイクではない。

与えるだけで充分なのだ。

生まれてきてくれただけで、もう充分もらっているのだから。

親に話しても解決しないかもしれない。

私がそうだったように。

でも誰かに感情をぶつけること、気持ちを吐き出すことで

また立ち上がれるかもしれない。

私がそうだったように。

誰にも何も言えずに死を選ぶ子たちは、みんな親思いのいい子だったに違いない。

それを思うと胸が締め付けられる。

だけど死んじゃいけない。

親に迷惑かけてでも、生き抜かなきゃだめだ。

こんな風に思うのは私だけじゃないと思うのだが

最近は自分勝手な親の事件も多いのでやりきれない。

いじめはきっとどこにでもある。

いじめられて、自分なんか誰からも必要とされてないんだ、自分なんか消えてしまったほうがいいんだ、という気持ちになってしまうのも分かる。

そんな時に、親が、家庭が、子供の逃げ場になれないなんて悲しすぎる。

努力は大切、ストレスに強くなることも大切。

でも、伸びきったバネがぷっつり切れてしまうまで我慢する必要はどこにもない。

私はあなたの味方だ、ひとりで我慢することはない。

そんな思いを子供たちに伝えるために

これ以上悲しい子供を増やさないために

大人は今真剣に考え行動しなければならないのだと思う。

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