子供の気持ち・親の気持ち

2009年5月 1日 (金)

新生活の始まり

気がつけばもうゴールデンウィーク。

3月下旬からは10時から5時までの仕事になったので、今まで以上にブログに手がつけられなくなってしまった。

そして・・・・・・長男は公立高校は不合格。

私立高校へ通うことになった。

札幌市の隣のO市にある高校だけど、O市の生徒より札幌から通っている生徒のほうが多いという特殊な高校だ。

長男のように札幌の隣町E市から通っている子もいるし、もっと遠いところから通っている子もいる。

通学に時間がかかる子が多いので始業時間は遅めの9時になっている。

いろいろな理由で不登校になってしまった子を積極的に受け入れている高校なので、長男のフリースクールでの先輩も何人かいる。

入学式で生徒会長の挨拶があった。中学のとき転校先でいじめにあい不登校になったそうだ。でも、この高校で変わることができた。「人は変われるんだ。」という力強いメッセージに、うるっときてしまった。

長男も変わってほしいよ。毎日元気に学校に通ってほしい。

でも新学期早々もう4日も休んでしまってる。

朝、吐き気がして学校に行けないと言う。

月曜日、火曜日と頑張って通って、疲れてしまうのか水曜日、木曜日と休んでしまう。

通学に2時間かかるし、満員電車で座れなかったりで疲れるとは思うけど、高い授業料払ってるんだから何とか通ってほしい、あんたのために頑張って働いてるんだよ、というのが私の本音。

カリキュラムだってとっても緩やかで、月曜日なんて4時間しかないんだよ~。

小五の次男だって4時間の日なんてないのに。

中学にあまり通っていない子が多いから、授業だって中学の復習みたいなところから始まるのに。

校則だって厳しくないし、1年生は1クラス17人くらいで先生が一人一人に対応してくれそうだし、この高校に通えなかったらどこに通うんだよぉ!

通信制高校というのも考えたけど、長男は私と違ってこもるタイプじゃないので家にばっかりいるのは嫌だと言う。高校に通いたいと。

それならもう少し頑張って通ってもらいたいんだけどね~。

ゴールデンウィーク明けにどうなるか、ものすごく不安。

私は今日から9時出勤になった。

会社の仕事の体制が変わって今までより仕事が少なくなった。(その分人数も減ったが)

だから始まりは9時でも終わりは今までのように5時じゃなくもっと早くなりそう。

その日やその時期によって仕事の量が違うからどうなるかまだわからないけど、3時くらいに終わると楽だなあ。

あんまり仕事が少ないと、その分給料が減るから困るんだけどね。

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2009年3月 3日 (火)

不安に押し潰される

明日は長男の高校入試の日。

自己推薦はだめだったので一般入試に再度臨む。

不登校でほとんど勉強らしい勉強もしていない長男には、かなり厳しい入試だ。

はっきり言って受かる確立はかなり低いだろう。

だけどやらなければ絶対受からないのだから、とにかく頑張ってもらいたいのが私の気持ち。

「どうせ落ちるのになんで入試受けなきゃなんないの。」

「行きたくない。行っても全部白紙で出してやる。」

ずっとそんなことを言っている。

不安で押し潰されそうになっているのはよくわかる。

長男はストレスとかプレッシャーに極端に弱い。

じっと耐えることができない。

泣いたり喚いたり、私を攻撃したり、いつも大騒ぎをする。

あんただけじゃない、誰だって不安なんだ。

そんな言葉は長男には全然届かない。

長男がこんな風にストレスに弱いのは私のせいだと、夫は仄めかす。

すべて私のせい。

私が頼りない親だからこうなった。

でもどうすれば良かった?

手探りで私なりに道を探してやってきた。

それが間違ってたと言われれば私には何も反論できない。

でも、その時その時で私が決めて進むしかなかった。

私も色んなストレスで実は体調が最悪。

特に胃の調子が悪くて、何度も吐いてしまった。

でも大人だからじっと耐えるしかない。

4日は学科試験、5日は面接。

これが終わっても合格発表はまだ先だから、まだまだ不安な毎日が続く。

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2008年1月28日 (月)

食器洗いにはまる、でも・・・

冬休みのある日、次男が突然お手伝いに目覚めた。

最初はグラス洗いだった。

自分が使ったコップや父親のビアグラスを洗うと言い出して、丁寧に洗い始めた。

「わあ~、ピカピカになったねー。どうもありがとう!」と言って褒めたからなのか、食器も洗うと言い出した。

そして食事が終わると「さあて、一仕事するか。」と言って腕まくりをして台所へ行き、食器を洗ってくれるようになった。

でもグラスは一個割っちゃった。

「大丈夫、大丈夫、お母さんだって割っちゃうことあるから。」と慰めたら

「そうだよね、誰だってこういうことあるよね。」と言って、ますます張り切って洗っていた。

「どうしたの?急にこんなにお手伝いしてくれて。」と訊くと

「洗うのが楽しくってさあ。」と言う。

うきうきと食器洗いをする次男。

「いつまでやってくれるのかなあ?」と訊くと「飽きるまで」だって。

そして3日目くらいには「一仕事」しなくなった。

飽きちゃったんだね~。

やっぱり三日坊主なのね~。

次男に毎日の食器洗いは求めていないからいいけどね。

育児マンガに書いてあった台詞を思い出す。

「出来ない時にはやりたがって、出来るようになったときにはやりたがらない。」

子供ってそんなものよね。

でも今回のことで次男はしっかり食器洗いが出来ることがわかったので、また時々やってもらおうかなあ。

その時は「やだ」と言われるかな?

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2007年12月14日 (金)

声変わりの季節

こないだテレビで須賀健太君を見たら、声変わりしていた。

え~?!もうそんな年?

ついこの間テレビで、幽霊が見えちゃう男の子の映画を見たときには、かわいい声を出していたのに~。

顔つきもちょっと男っぽくなっていたなあ。

須賀くんといえば「ひとにやさしく」のあの子のイメージが強いので、まだまだ子供のような気がしていたんだけど1994年生まれで、今中一なのね。

ウチの長男も1994年生まれ、同じだったんだ。

でもウチは早生まれだから中二。

男の子の声変わりって、風邪かなあと思っていたら声変わりだったという「突然タイプ」と徐々に低くなっていく「いつの間にかタイプ」があると思う。

長男は「いつの間にか」だった。

小六くらいから少しずつ低くなってきたような気がするけど、本当に変わっちゃったなあと感じたのは中二になってからだ。

毎年夏休みに泊まりに行っている親戚の家の子も中一で、電話をかけたらすっかり声が変わっていてびっくりしたし、近所の子も久々に合ったらすっかり低い声になっていた。

この近所の長男の同級生は中一の時はまだかわいい声を出していた子が多かったから、割と遅めの声変わりかなあ。

(ひとり、4年生の時に声変わりしていた子がいるけど。)

中一、中二くらいが男の子の声変わりの季節なんだろうね。

神木隆之介君も1993年生まれの中二。

妖怪の映画じゃ女の子みたいにかわいかったけど、「瑠璃の島」のスペシャルを見たときには、ちょっと男らしくなっていて、みんな大人になっていくのね・・・と感慨深かった。

声と共に気になるのは、毛。

長男は最近は一人でお風呂に入っているので父親もどうなっているのか知らなかった。

でもひげが目立つようになってきたから、あやしいなと思っていたら、先週男3人で新しく出来た温泉銭湯に行った時に、夫が「大人毛」発見。

どんどん大人になっていってるのねー。

心もどんどん逞しく成長してほしいものだと、つくづく思う。

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2007年11月19日 (月)

今出来ることを考えよう

長男のフリースクール体験入学は4日間の予定でしたが

2日休んで、結局2日しか通えませんでした。

でも何となく気に入ったようで、12日に正式に入学しました。

フリースクールは基本的に、これをしなければならない、といことがありません。

一応10時始まりですが、10時に来なければ遅刻ということもありません。

とても緩い枠の中にあります。

先週まで「ハイジ」の再放送をやっていましたが、それを見ていて思いました。

中学校ってロッテンマイヤーさんみたいだなあ、そしてフリースクールはクララのおばあさまって感じでしょうか。

フリースクールは中学と違って、6時間きっちり授業があるわけでもないし、テストだってないし、こんなんでいいのかしらと思わないわけでもないのですが、

今までのように中学に通っていても、具合が悪いと言って一日中家で寝ていたり、家にこもって鬱々としていたり、学校でも家でもろくに勉強も出来ず、テストも20点30点という状態では将来に希望なんて持てるはずもありません。

中学の先生は、フリースクールは一時的な場所で、中学に戻ってくるのが筋だ、みたいな言い方をするけれど、この際そんなことは無視です。

それじゃ学校は長男が中学に通えるように何をしてくれるんですか?と言いたい。

35人もいる学級で、問題児にきめ細やかな対応が出来ないことぐらい初めからわかっています。

だから学校には期待していません。

長男は学校という枠組みの中ではやっていけない心の弱い子だということがわかりました。

そんな弱い子でも我が子です。

弱いなりにもなんとか生きていける方法をさがさなければならないんです。

それが出来るのは、中学の先生ではないのです。

それができるのは親であり、その弱さを否定せず可能性をともに探してくれる大人であり、同じような境遇にある仲間なんだと思います。

 

弱ければ強くなればいいじゃないか。

弱い子にしたのは親の責任だ。

そう言われるかもしれません。

その通りかもしれません。

でも、どうやったら強くなれるのか、私にはわかりません。

私自身が弱いからいけないのかもしれません。

じゃあ、私自身はどうしたら強くなれるのか、私にはわかりません。

某大女優が泣いていました、「息子がどうしたらつよくなれるのか」と。

私も涙が出ました。

ひとり立ちしろと突き放せば強くなれますか。

自立しろと親から家を出されたことを恨んでなのか、両親を殺してしまった男の事件がありました。

中学の時いじめられ続けて、親にも誰にも言えず耐えて、ボクシングの世界チャンピオンになった人がいます。

一方で、誰にも言えず死んで行く子供たちがいます。

誰か教えてください、どうしたら強くなれるのか。

私にはわからないことばかりです。

 

中学の時将来の計画を立てなさいと言われました。

将来何になりたいのか、5年後の自分、10年後の自分はなにをしているか、

それを書いて出すという宿題がありました。

自分の将来を考えるということは、とても大切なことだと思います。

でも私には考えることが出来ませんでした、なにも浮かびませんでした。

そんな時母が言いました。

「誰もが将来に明確な計画を持って生きているわけじゃない。

私なんて将来に希望なんて持てない時代を生きてきた。

ただただその日を生きるのに精一杯だった。

それがいけないことだなんて思わない。

今から将来のことがそんなにきちんと考えられなくたって大丈夫。

自分の立てた計画通りに生きている人なんてそうはいない。

それでも人間は生きていける。

なんとかなるもんなんだよ。

1日1日を精一杯生きていけばいいんだよ。」

 

長男の将来にもの凄く不安を抱いています。

でも今は、高校はどうしようとか、将来はどうしようとか、そういうことは考えないほうがいいのではないかと思っています。

今は、今出来ることをやっていこう。

フリースクールに通えるならそれでいいじゃないか。

今はそれ以上考えるのはやめよう。

今まで出来なかったことを出来るように、少しずつ積み重ねていこう。

そうすれば何かが見えてくる日もあるかも知れない。

母の言葉を思い出して、私はそう考えるこに決めました。

続きを読む "今出来ることを考えよう"

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2007年10月24日 (水)

叱り方を考えてしまう

「パケット代3万円の怪」の続きです。

 

 

こういう時って、どういう風に叱ったらいいのか考えてしまう。

長男は何か失敗や間違いをするとパニックを起こしやすい。

例えば、(随分昔の話だけど)長男が幼稚園の時、昼食の時にお茶を隣の女の子にこぼしてしまったことがあった。

長男は謝ることも出来ずに泣き出してしまったそうだ。

自分が加害者なのに、被害者よりも大泣きしてしまう。

小さい子には結構あることだけど。

「あっ、やってしまった!」と思うとどうしていいのか分からなくなってしまうんだと思う。

中二の今でもそういう傾向がある。

だから、自分のやったことでとんでもないことが起きて、それがばれてしまったことで、かなり動揺していたはず。

そこをいきなり頭ごなしに叱り付けたら反省もできない状態になってしまうんじゃないかと、私はハラハラしていた

夫に「何でやってないって嘘ついたんだ?!」と叱られて長男は何も言えずに黙って俯いていた。

ひとしきり叱られて長男は自分の部屋に行った。

いきなりガンガン叱れば長男が反発するだけなのは分かっていたから、その時夫がいつまでも叱り付けてなくてよかったと思った。

念のため夫に「もう、あんまりきつく言わないでね。きっと自分のしたことにびっくりして、かなりビビッてるはずだから。」と言った。

「3万だぞ、最終的には4万くらいになるかもしれないぞ。」

夫は長男が嘘をついたことだけでなく、そんな金額が無駄に出て行くことに腹が立つと言ったが、お金のことをあまり攻め立てるのは違う気がした。

もちろんお金は大事だし、私もこの出費はショックだ。

だけど感情的になってお金のことばかり言うと、長男も開き直って「じゃあ返せばいいんでしょう!」ということになるに決まってる。

これほどの金額でなければ、夫もそれほど腹が立たなかったかも知れない。

じゃあ、金額が小さかったらあまり叱らず、金額が大きかったら腹立ち紛れにガンガン叱るのか。

やっぱりここは金額じゃないよなあ。

でもペナルティなしにはできないだろうし。

問題は、家族の信頼を裏切ったということだよねえ。

長男が隠れてあんなことや、こんなことをやっているのは私は知っていたりする。

思春期の男の子のことだから、そういうこともあるでしょうと目を瞑っているようなことだ。

今回の事もこんなことになる前に私が気付いていれば、ちょっとお説教する程度で済んだかもしれない。

もっと監視の目を厳しくすべきなのかなあ。

やっていい事悪い事、色々言い聞かせたとしても、まだまだ判断力が不足しているし、思いもかけないような落とし穴もありそうだし。

う~ん、私はやっぱり甘いのかなあ。

 

 

もうちょっと続きそうです・・・。

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2007年10月22日 (月)

パケット代3万円の怪

夫が携帯を新しくしたのだが、新品だというのにバッテリーの減りがとんでもなく早いので変だ変だと言っていた。

フル充電したはずなのに、翌日にはバッテリーのマークがひとつだけになっている。

機械の異常かもしれないからショップに行って調べてもらったほうがいいんじゃない、なんて話していた。

そうしているうちに、携帯の請求書が来て、「パケット通信料5456パケットでした」なんて書かれている!

メールもネットもほとんどしていないのに、何だこれは?!

でも、携帯の請求書って、はっきり言って私にはちんぷんかんぷん。

何度見てもよく分からない。

なんだろうねえと言いながら、請求額はそれほど多くなかったから、バッテリーのことと合わせてショップで訊いてみたらー?という程度にしか考えていなかった。

ところが昨日、携帯の会社からはがきが届いた。

請求書ではなく、10/1~10/16のパケット代のお知らせだった。

普段のパケット代に比べて異常に高額なので知らせてきたものだったのだが、その金額は3万円を超えていたのだ。

今度こそ「何だ、これー!!!」

長男には一応「お父さんの携帯使ったのか?」と訊いてはいた。

「使っていない」と言っていたので深く追求していなかった。

こんなはがきが来たので「本当に使っていないのか?」と長男に訊いたが今度も「使っていない」と答えていた。

それで夫は、携帯の会社に問い合わせの電話をした。

長々と話していたが、夜中にネットをやった記録があることがわかったようだった。

全ての記録が知りたければそれなりの手続で見ることが出来るということだったようだ。

夫がもう一度長男に「本当に携帯を使っていないのか?何時何分にどこへどれだけの時間接続していたのか、調べれば全部分かるんだぞ。」と言った。

長男は「使った・・・。」と小さな声で答えた。

時間がなくなってしまったので、続きはまた後ほど・・・。

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2007年8月27日 (月)

努力は実を結ぶ?

夏休みの宿題に苦労したことを前の記事で書いたけど、

これくらいの宿題の量は中学生として普通にこなしていかなければならない量なんだろうなと思うと、悲しい気持ちになる。

前の記事で書いた宿題のほかに、英語の会話文を暗唱できるように憶えてくるというものもあって、長男は結構一生懸命やっていた。

でも、やった割にはなかなか憶えられない。

1から4までの会話があり、最低限1の会話は暗唱すること。

4まで全て暗唱できたら得点アップ、ということで、休み明けに早速テストがあったのだけど、長男は1の会話の最後のところがどうしても思い出せなくて、ペケだった。

努力しても、それが結果に結びつかない。

そういう人って確かにいるんだよね。

学校の先生をやっている人は、努力がそれなりに結果に結びつく人なんだと思う。

だから、できないヤツ=努力してないヤツ、なんだろうなあ。

私も中学の時は、こういう暗唱ものや、漢字なんかは結構楽に憶えられるほうだったので、「やれば出来る」と思っていた。

でも、弟は文系がとても苦手で、漢字なんてまったく憶えられない人だった。

ある時漢字のテストがあるので、弟は夜遅くまで勉強していた。

しかしテストの結果はほとんど0点だったようだ。

母から聞いた話だが、弟は先生に「勉強しなかったんだろう?」と言われたそうだ。

勉強したのに出来なかったと思われるのが嫌だったので、弟は「はい。」と答えた。

でも本当は勉強したんだ。

それでも出来なかったんだ。

勉強の仕方が足りなかったんだと言われればそれまでだけど。

そのとき私は初めて、どんなに一生懸命やっても出来ない人もいるんだということに気付かされた。

できる人には、それが出来ることは当たり前のこと。

だからできないということが考えられない。

出来ないのは本人が努力を怠っているからということになる。

塾に通って成績がアップするのは2割の子だというデータもある。

成果主義で結果を出してくるサラリーマンも2割弱らしい。

みんなが思っているほど、努力は結果に結びつかないということなんだろう。

それでも多くの人は思っているはずだ、余程とんでもない目標でない限りやれば出来るはずだと。

夏休み中のことに話を戻すと、長男は宿題だけでいっぱいいっぱいで、他のことはやっていない。

私としては、遅れている勉強もやらせたかったけど、それは容量オーバーだった。

努力が実らないことがあることは分かっているけど、子供には努力することをやめてもらいたくない。

社会に出たら、結果を出せない努力は無駄でしかないのだろうが、子供にそれを当てはめることは出来ないと思う。

今結果が出なくても、努力は無駄ではないはずだ。

それでも否応なく結果は出てきて、努力に関係なく数字で表される。

そういう数字に関係のない世界で生きていく選択肢もあるが、それも易しいことじゃない。

もうちょっと努力が持続してくれれば、何とかなるんじゃないかーなんて思う私は、矛盾してるのかなあ。

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2007年8月24日 (金)

夏休みの宿題

北海道の夏休みが終わった。

小学生は17日から、中学生は22日から新学期が始まった。

・・・のだが、問題は、例によって中二の長男。

中一の時はたいした宿題はなかったのだが、この夏はたんまり宿題があった。

そこそこできる子には「めんどいけどしゃあないな」くらいなものだろう。

長男にとっては地獄だった。

問題集の宿題はまだいい。

てこずったのは作文と、社会科のレポート。

長文を書いたことのない長男は七転八倒していた。

作文の課題は、これまでの人生で強く心を動かされたこと。

1201字以上1800字以内で書く。

題名は安易に付けず、しっかり考える。

作文の始まりを「僕が」「私が」にしない。

というもので、心を動かされたことというのは、悲しかった出来事、つらかった出来事を書くとよい、ということだったようだ。

私が子供の頃は、小学生の頃から読書感想文をかなり書かされたように思う。

400字詰め原稿用紙に3枚くらいは普通に書いていた。

作文も結構書かされた。

ところが、うちの子供たちは読書感想文なんて書いたこともない。

夏休みの自由研究として書いている子は書いているのだろうが、学校の宿題としては出ないのだ。

作文もあまり書かせないようだ。

運動会や学芸会などの行事の後に一言感想のようなものは書かせるが、長い文章はあまり書く機会がない。

みんなの前で発表するということに重点を置いているからからそうなのだろうか。

感想文や作文なんて自発的に書きたくなるものじゃないから、宿題でもない限り書くことはほとんどないと思う。

そのせいか、うちの子供たちに書く力がないせいか、子供達は長い文章を書くのがとても苦手だ。

そういうわけで、中二になって突然の作文の宿題に長男はかなり苦しんだ。

小学生の頃からこういう宿題がよくあった私からすれば、それくらい当然の苦しみだ。

今までそんな経験がないほうが不思議な気がする。

私だってなかなか書けなくて夏休み最後の日に夜遅くまで苦しんで、始業式のその朝にもまだ書いていたということがあった。(褒められた経験ではないが)

だから、「作文、早くやったほうがいいよ。」とアドバイスしていたのだが、「もう書くことは決まっているから大丈夫。」なんてほざいていた長男。

「決まっているんなら尚更早く終わらせたほうがいいよ。いざ書こうと思ってもなかなか書けなかったりするもんだからね。」と親切に忠告しているのに、うるさいと怒り出す始末。

で、のらりくらりしていて、書き出すとやっぱり書けなくて、どうしたらいいと結局私に泣きつく長男。

中二にもなって作文書けなくて母親に助けを求めるなんて、情けないけど、それが長男の現実。

もうひとつの困難、社会科のレポートは「歴史を調べる」というもの。

好きなテーマを決めて、その歴史を深く掘り下げて調べる。

簡単に調べられる、上っ面だけのものはダメ。

「どうしたらいいの~?」と訊かれたって、こんなの私だってどうしたらいいのか分からないよ。

テーマは決めたようなので、「とにかく、図書館にでも行って調べなさい」と言っているのになかなか動き出さない。

そうこうしているうちに、夏休みも残すところあと三日となって、作文もまだ未完成、社会のレポートも手付かず、家庭科の「豚汁」を作る宿題もやっていない、自由研究もやってない、なんと数学の問題集の宿題さえまだ手をつけていないところがあるという、ものすごい状況になっていた。

結局私も少し手伝って、22日の午前2時までかかって、とりあえず、何とか宿題が終わった。

もっと早めに毎日こつこつやればいいのは分かりすぎるほど分かっているんだけどねえ。

私もやらせようと努力はしたんだけどねえ。

どうしても集中が続かない長男。

今年の夏は、ものすごく暑かったしねえ。

私も半分死んでいたし。

ああ、でもねえ、努力をするというのが、こんなに大変なことだなんて、努力できる人には分からないことなんだろうね。

私もね、なんでもスラスラできる人間じゃないから結構苦しんだよ、宿題とか。

でもね、それなりに努力して何とかやった。

長男を見ていると、その努力さえなかなかできない人間がいるんだということが分かる。

やろうとはするんだけどね、具合が悪くなったり、頭が痛くなったり、イライラしたりして、続かない。

でも、最後はなんとかやり終えたから、まだいい方かもしれない。

何もやってこなかった子もいるらしい。

最初から捨ててるんだね。

上を見ても下を見てもきりがないから、、人と比べることが無意味なんだろうけど。

今日、長男は休んでいる。

夏休みのラストスパートのせいか調子が悪くて学校へ行けない。

せっかく頑張っても学校に行けないんじゃダメじゃん・・・。

今の私がダメダメなせいなのか。

でも、中学の私はもうちょっと頑張ったぞ。

どうすれば頑張れるのかなあ。

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2007年7月18日 (水)

家庭教師はお母さん

中二の長男が最近少し勉強するようになってきたので、家庭教師代わりに教えたりしている。

教えるのは、もっぱら数学なんだけど、私は数学が大の苦手。

勿論おつりの計算くらいはできるけど、暗算も苦手。

数字を見ると拒絶反応なのか、頭の中が真っ白になることも。

そんな私が、不思議と数学教えられるんだよねぇ、これが。

もう何十年も方程式なんかとは無縁の生活を送っているわけなんだけど

中二の数学くらいなら分かる自分に軽くびっくり。

あれ、これってどうだったっけ?と教科書を見ると、あ、そうだったと、すぐに思い出せる。

こういう基礎の基礎みたいなことって、一度身に付くと自転車みたいに忘れないものなんだろうか。

それにしても、分かっているのと教えるのとは別問題で、分かりやすく教えるというのは難しい。

それに生徒が我が子なので、つい叱りつけたくなってしまう。

それをやっちゃ長男のやる気が失せてしまうので、気を長~く辛抱強く付き合わなければならない。

父親はすぐに「そんなことも出来ないのか!まだ分からないのか!ばか!」となってしまうので、長男は父親に教えてもらうことは徹底的に拒絶している。

長男は飲み込みが悪いので例題を2,3こやったくらいでは理解出来ないタイプ。

それにイライラしたら、こっちの負けなんだけどね。

飲み込みが悪いから沢山問題を解かせたいと思うんだけど、それもなかなか難しい。

集中が続かなくて理解する前にいっぱいいっぱいになっちゃう長男。

勉強させるのって難しいよ~。

そして、暗記ものはだめだねえ、教えられない。

数学みたいにあるルールにのっとって問題を解いていくものはできても、暗記しなけりゃならないものはどんどん忘れてゆく。

特に漢字は書かないと日々忘却の彼方に飛んでゆくねぇ・・・。

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2007年7月17日 (火)

六歳のひとり旅

長男が小一の夏休み、電車に乗せて初めてひとりでダンナの実家に行かせた。

一時間四十分ほどのひとり旅だ。

長男は電車おたくだったので電車に乗れるのでとっても楽しみにしていたが、ひとりということで、やっぱり緊張していた。

駅まで送っていって電車に乗せたが、停車時間がとても短くて空席を探してやることが出来なかった。

混んでいないだろうと思ったら思いのほか混んでいて、座れたかどうかとても心配になった。

始発駅からのせてやるんだったと思ったが、後悔先に立たず。

長男を乗せた電車が走り去ってから、やはり子供を見送りに来ていたお母さんと目が合い話しかけられた。

そこの子供は3人兄弟で一番上のお兄ちゃんは高学年だった。

行き先もほとんど同じ。

乗せる前にこのお母さんと話していれば、あの子達と一緒に行けたのにと、また後悔した。

どうしたかなあと、到着の電話を不安な気持ちで待っていると、

「着いたよ!」と長男の明るい声で電話がかかってきた。

長男は電車が好きだったので、本来は降りるはずの駅でおばあちゃんが電車に乗り込んで、終点まで一緒に乗っていき、終点でおじいちゃんが待っていて車で家まで連れて行くというオプション付きだった。

30分も余分に電車に乗れて、ウキウキ気分のようだった。

「ひとりで大丈夫だった?」と訊くと

「うん、大丈夫だったよ!」と元気よく答えてくれたので、ほっと胸をなでおろした。

ところが、夜寝る時間になって長男が電話をかけてきた。

「お母さん、死ぬかと思った・・・。」とめそめそしている。

「ずっと座れなかったの・・・・ぐずぐず。」

よく話を聞くと、電車に乗って最初の一時間くらいは空席がなくて乗降口付近にリュックを置いてその上に座っていたようだった。

その後、車掌さんが来て空席があることを教えてくれてやっと座れたらしい。

着いた時はあんなに元気だったから、そんなこととは全然知らなかった。

夜になって親がいなくて心細くなったせいか、昼間の出来事を思い出して悲しくなってしまったようだった。

昼間のウキウキした気分の時はなんでもなかったことが、夜になってとても辛い出来事に感じられて、私に愚痴りたくなったのだろうか。

やっぱり始発から乗せてやるべきだったと胸が痛んだ。

長男は3日ほどひとりで泊まっていたのだが、毎晩夜になるとめそめそと電話をしてきた。

昼間は何でもないのに夜になると心細くなるようだ。

「おかあさん、○○に行ったよ!」

「おじいちゃんと○○したよ!」

昼間はそう元気に電話してくるのに、夜になるとめそめそするので、まだまだ赤ちゃんなんだなと、ちょっぴりおかしかった。

翌年からは始発駅から乗せるようにしたので座れないということもなく、電車でのひとり旅は楽しい恒例の行事になった。

でも、まったく心配がないというわけでもない。

いつどんなことが起きるか分からない世の中。

初めてのバスでのひとり旅でバスジャックに遭ってしまった子もいる。

長男が今まで無事でいられたのは幸運以外の何ものでもないのかもしれない。

知り合いの息子さんは友達4人で歩道を自転車で走行中に、車が歩道に突っ込んできて次々に跳ね飛ばされた。

自宅からいくらも離れていない場所だった。

ひとりは即死、ひとりは大腿骨骨折、ひとりはかすり傷、そしてその知り合いの息子さんは脳挫傷で3日間意識不明だった。

その後2ヶ月ほど入院したが現在は元気に暮らしている。

身近な人のそんな事故に、他人事ではない突然降りかかる事故の恐ろしさを感じた。

普通に道を歩いていても、いつどんな災厄に見舞われるか分からない。

だからといって、子供を家に閉じ込めておくわけにはいかないし、いつも子供にぴったりとくっ付いているわけにもいかない。

もちろん子供に限らず、私だっていつどんなことになるかは、「神のみぞ知る」だ。

そんなことを考えると、生きていくということは「賭け」のようだなと思う。

分からないことだらけの人生を生きていく。

せめて子供のうちは、のびのび楽観的に生きてほしいと思っても、変質者情報は度々発信され、子供は「誘拐されたらどうするの?!」と怯える世の中。

子供には出来る限りの安全をと思っても、結局親に出来ることは子供の無事を祈ることくらいなんだろうか。

年々広がってゆく子供の行動範囲。

いちいち心配していたら生きた心地がしないだろう。

でも、いつも心の隅では小さな不安がざわめいている。

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2007年7月 9日 (月)

子供にはいつも笑顔でいてほしい

4日の水曜日、PTAの仕事で小学校に行き、仕事が終わるとちょうど次男の下校時間だった。

玄関に三年生がやって来たので一緒に帰ろうと思って次男を探したが見当たらない。

靴箱を確認すると上靴が入っていたので、もう外に出てしまったようだった。

まあいいかと思って、PTA花壇の枯れた花を摘み取ったりしてからゆっくり歩きだした。

そのうちに、道の先に4人の男の子が歩いているのが見えてきた。

次男のグループだとすぐ分かった。

見ていると、子供たちが歩道にしゃがみこんで動かなくなった。

私はすぐに追いついて「どうしたの?」と声をかけた。

すると次男が何やらめそめそしている。

立ち上がって私に何かぐずぐずと言ったが、よく聞き取れなかった。

もう一度「なあに?」と訊くと、「やっぱりポン太なんか死んだほうがいいんだ。」と言った。

「どうしたの?嫌なこと言われたの?」と訊くと

「道徳の時間にMが、嫌な奴がいるんだよねえって言った。」と次男。

例のポン太を何かと構うMちゃんは、今通路を挟んでポン太の隣の席にいる。

「Mちゃんは、それがポン太だって言ったの?」

「言わないけど、絶対ポン太のことに決まってるんだ!」

「そうなの・・・?」

「お母さん、Mのお母さんに言ってくれた?ポン太に嫌なことしないようにって。」

「・・・言ってないよ。」

「お母さん言ってよ。」

「う~ん・・・・。」と私は困ってしまった。

「もう死にたい。死んだほうがいいんだ。」とポン太は言った。

私はますます困ってしまって、「死にたいなんて言わないの。」と言った。

こういう時はどうしたらいいのか途方にくれてしまう。

「嫌なことがあると死にたい気持ちになるけど、嫌なことばっかりじゃないでしょ?楽しい事だってあるんだから死にたいなんて言わないで。」と言ったが、あんまり説得力はないなと思った。

他の子供たちも困ったなあという様子だった。

子供たちとゆっくり歩き始めると、K君がポン太を慰め始めた。

「俺だって嫌なこと言われることあるよ。」と、ポン太を元気付けようと色々話しかけてくれる。

ちょっと前にはボーっとしているポン太をからかってばかりいたK君だが、こんな優しいところもあるんだなと、新しい発見だった。

夜になってからポン太に、「心の教室の先生に相談してみたら?どうしたらいいか、何か教えてくれるかもしれないよ。」と言った。

スクールカウンセラーの人が週に一回程度来ていて、ちょうど翌日がその日だった。

ポン太は「う~ん、もう少し考えてみる。」と言った。

「担任の先生に相談してみようか?」と言うと

「先生には言わないで。先生に言ったらみんなで話し合うことになると思うから。そしたらまたいろんなこと言われるから嫌なの。」

私は「そうかー。」としか言えなかった。

傍から見ると些細なことなんだけど、些細なことじゃないんだよね、これが。

とってもデリケートな問題でもある。

Mちゃんのお母さんと話してみるという選択もあるけれど、それは最後の手段。

どんなに親しいお母さんでも、この手の話はショックなものなんだと思う。

どんなにソフトに切り出してもうまくいかないことがある。

私も長男が2年生の頃「うちの子が泣いて帰ってきたんだけど・・・・・・」という電話を近所のお母さんからもらった事がある。

何でうちの子が?!という思いが真っ先にきて、結構ショックだったと記憶している。

そんなことで電話するの?という気持ちもあった。

それでも何とか気持ちを落ち着けて子供に話を聞いてみると、まだあまりコミュニケーション能力が高くない子供特有の誤解や勘違いが招いたトラブルだということが分かった。

勘違いとはいえ女の子が傷つくようなことを言ってしまったので、長男にはその子に謝るように言って、その子のお母さんにも経緯を説明して謝った。

子供の世界ではよくある些細なトラブルと言えばそうなのだが、その女の子にとっては、普段意地悪したりしない長男から言われたというのがショックだったようで、あまり泣いたりしない子が家で号泣したのだそうだ。

それで電話が来たのだった。

私だったら電話しなかったと思うが、誤解が解けて結局は良かった。

私もやむにやまれず電話をしたことがある。

なるべく穏便に事の次第を説明しようとしたのだが、私が最後まで話をしないうちにそのお母さんは興奮した口調で、うちの子だけが悪いわけじゃないでしょう、というようなことを言い出して、私の真意は伝わらなかったようだった。

割と親しいお母さんだったので大丈夫かなと思っていたのだが、誰でも自分の子供のことになると冷静ではいられなくなるんだということが、身に沁みた出来事だった。 

私がかけた電話のせいでその後もちょっとしたごたごたがあったが、どうにかこうにか問題は解決した。

それでも、その時の精神的なストレスは物凄いものがあった。

食事なんてのどを通らないし、体はフラフラになるし、電話なんてしなければよかったとどれほど後悔したことか。

だからポン太の問題も、Mちゃんのお母さんの出番がないうちに、何とか落ち着いてくれたらいいのだが、どうしたものか。

ポン太は今日はどんな顔をして帰ってくるのか。

「嫌なこと言われた。」と泣きそうな顔で子供が帰ってくるのは、やっぱり辛い。

子供にはいつも笑顔でいてほしい。

これは世のお母さん達の願いだね、きっと。

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2007年6月28日 (木)

恋の話・・・?

ちょっと前の話なのだが

「ポン太がMちゃんに好きだって言われたらしいぞ。」とダンナが私に言った。

お風呂に入っているときにそんな話が出たようだ。

Mちゃんというのは日頃次男ポン太が「嫌いだ」と言っている女の子だ。

どうして嫌いかというと、ポン太に対してやたらと口うるさいからだという。

給食の時は、全部食べなきゃだめとか、こぼしているとか、ポン太が余計なお世話だと思うような世話をしきりと焼いてくるらしいし、教室掃除の時もこうしちゃダメ、ああしちゃダメと、とにかくうるさいらしい。

Mちゃんというのは仕切りたがり屋さんなのかなと思い、「ポン太だけじゃなくて他の人にも色々言ってるんでしょ?」とポン太に訊くと、「ポン太だけに言うんだよ!」と、憤慨していた。

そういう経緯があったので、好きだと言われたと聞いて、ははあ、ポン太のことが好きだからかまってたって訳か、と思った。

日を改めて、どんなふうに告白されたのかとポン太に訊いてみると、

「う~ん・・・・忘れた。」

ポン太は本当にとんでもない忘れんぼである。何でも忘れる。

「じゃあ、いつ好きだって言われたの?」と訊くと

「う~ん、う~ん・・・・・2年生の時かなあ?」

「え?そんなに前の事なの?」

「う~ん・・・・あ、3年生になってからだ。」

「ポン太のこと好きだよって言われたの?」

「ううん。」

「じゃあ何て言われたの?」

「ポン太のこと好きなの?!って訊いたの。」

えっ?自分で訊いたのか?

「そしたらMが、うんって言った。ポン太は、はっきり言って嫌いだからねって言った。」

え~~~っ!そんなこと言ったのかい?

「Mちゃんは何て言ってた?」

「最低!って言った。」

そりゃあ、最低だよなあ。

Mちゃん、ものすごく傷ついたよね。

でも3年生の男子としては、そんな感じなんだろうね。

いつもうるさくかまわれて大嫌いだと思っていたから、素直に嫌いだと言った・・・ということなのよね。

「はっきり言って嫌いだからね」という言いかたはひどいと思うのだけれど、学校から帰って来て、うっすら涙を浮かべながら「Mなんか大嫌いだ」と言っていたポン太を知っている私としては、ポン太ばかりを責めるのも・・・と思ってしまう。

もう随分前の話のようだし、今更その時のことを改めてほじくり返すこともないのかも知れない。

でもどうしてポン太は「ポン太のこと好きなの?」って訊いたのだろう。

もしかして、色々かまわれるから、最初に「ポン太のこと嫌いなの?」と訊いたのだろうか。

そうしたらMちゃんは「ううん。」と答えた。

嫌いじゃないなら好きなのかという意味で「好きなの?」と訊いたのかも知れない。

だったら、もしかしたらMちゃんも特別ポン太を好きなわけではないのかも知れない。

でもそれならどうしてMちゃんは今でもポン太だけをかまうのか。

う~ん、これは恋なのか、そうではないのか。

どっちにしても今のポン太はMちゃんのことを迷惑としか思っていないようだ。

昨日も帰ってくるなり「Mなんか嫌いだ!」と怒っていたし。

この先いったいどういうことになるのやら・・・・・ね。

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2007年5月18日 (金)

学校に行けない

「トラブル」の続きです。

 

さんちゃんに裏切られたと言って目を赤くしている長男を見て、これじゃ明日は欠席だなと思った。

ショックなことがあって一日くらい欠席するのは大目に見よう。(こんなこと思う私はやっぱり甘い親なのか。)

でもこれでまた長期欠席になったりしては困ったことだなあと思う。

案の定、次の日長男は具合が悪くなり学校を休んだ。

先生には体調不良とだけ言った。

先生に相談するべきか考えたけれど、まだどんな先生かよく分からないし、話すことでもっと状況が悪くなる事だって考えられる。

少し様子を見ようと思った。

その次の日もおなかが痛いとか吐き気がするとかで学校へ行けなかった。

先生から電話が来て「何かありましたか?」と訊かれた。

家庭訪問のときに、ちょっとしたことが精神的プレッシャーになって学校に行けなくなったりするということを少し話したので、先生も気にかけてくれたのだろう。

私は「部屋割りのことでちょっとショックをうけたようで・・・。」と詳しいことは言わなかった。

「う~ん、みんなが自分の思い通りにはなれないので、少しずつみんなで我慢していくしかないんですよね、それも勉強だと思うんで・・・。」

先生の言うとおりなんだ。

しかし、極端すぎるんだよね。

親友と同室になれると思っていたら、大嫌いなヤツにあたってしまった。

人生ってこういうもんなのかなあと、溜め息が出る。

その日の夕方、さんちゃんから電話があって、部屋割りが変更になったことを知らせてきた。

なんと!さんちゃんが、長男と同室になるはずだったH君と同室になったと言う。

H君が先生に、長男とはほとんど話したこともないし親しくないので変えて欲しいと言ったらしい。

何がどうなったのかはよく分からないが、さんちゃんと同室になるはずだったM君も、長男も、それぞれ別の子と同室になった。

長男はとりあえずH君と同室は免れたけれど、今度はさんちゃんがH君と同室と聞いて複雑な心境だったようだ。

「さんちゃんに何だか悪い気がする・・・・・。」と長男。

そして次の日は金曜日だったが、その日も長男は学校に行けなかった。

私は「もう学校には行かないつもりなの?宿泊学習の日に具合が悪くなったら無理に行けとは言わないけど、学校は宿泊学習だけじゃないんだよ。これからどうするのか、よく自分で考えなさいね。」と長男に行った。

数学が大嫌いだった長男が、2年生になって数学の先生が変わった途端、「数学が面白くなった」と言って勉強するようになった。

少しは勉強にも意欲的になって、いい方向に向かっているように見えたのに、またつまずいてしまった。

中学生にもなれば、子供を無理やり学校に引きずっていってどうにかなるというものではない。

本人の気持ち次第だ。

自分の将来をどう考えているのか、どういう生き方をしたいのか、その為に今何をしなければならないのか。

そういうことを何も考えられないのに、学校へ行け行けと責めたてても、きっと何の意味もないことなんだと思う。

長男も、高校には行きたいといっているし、少しは分かってきているようだが、これからどうなっていくのか、私には予想がつかない。

月曜日から登校していた長男だが、昨日は具合が悪くなり早退してきた。

今朝も鼻血が出て、その後具合が悪くなり寝ている。

来週は運動会を控えて、委員会の仕事や、運営委員会の仕事で忙しい一週間になりそうだ。

長男も次男も何事もなく過ごしてくれると有り難いんだけどなあ・・・・・。

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2007年5月16日 (水)

トラブル

長男が通う中学で来週、宿泊学習がある。

2年生が修学旅行の練習みたいな感じで一泊して、札幌にある施設を自分たちで選んで見学してくるというもの。

長男は、見学する施設へのルートや交通費などをパソコンで調べたり、いつになく積極的だなあと思っていたのだが、先週突然、宿泊学習に行きたくないと言い出した。

ああ、またきた、今度はどんなトラブルなんだ~、と心の中でうなだれてしまう私。

訳を訊き出すと、仲良しの友達と同じ部屋になれるはずだったのに、嫌いな人と同じ部屋になったからだと言う。

宿泊先はビジネスホテルなので、大部屋なんてなく皆ツインルームに泊まるので、当然部屋割りは二人一組。

そういうことなので、なるべく親しい人と同部屋になれるように部屋割りをしていくということを、班長会議というもので決めていて、長男は同じ班の仲良しの友達と同じ部屋になろうねと約束していて、当然そうなれるものと思っていた。

ところが、その友達のさんちゃんが言うには、M君に突然「なろう?」と言われて何だか訳が分からず曖昧に「うん?」と答えていたら、それが部屋割りのことで、さんちゃんとM君が同室になり、長男はH君と同室になったそうなのだ。

長男が言うには、もう決まって変更できないとのこと。

「でもね、班が同じなんだから、さんちゃんとは日中は一緒でしょ。

寝るときだけなんだから、それくらい我慢したら?」と私。

ところが、その同室のH君は、長男が大嫌いなS君と仲がいいし、すぐ切れる感じの子なので、ものすごく一緒になりたくないヤツのひとりだという。

S君は色々問題の多い子で、煙草も吸っているらしい。

そんなS君と仲の良いH君と同室になれば、きっとS君が部屋にやって来る。

そして、持ち物を盗られたり、嫌がらせをされたり、何かのトラブルに巻き込まれるかもしれないと長男は言う。

そんな訳で、昨日まで天国にいたのが突然地獄に落とされたようなショックを受けていた。

何よりも、「さんちゃんに裏切られた」というショックのほうが大きかったようだ。

「M君が言ったことが部屋割りの事だって分かった時点で、俺と同部屋になるって約束してるって言ってくれれば、まだ訂正できたのに、さんちゃんは何も言わなかった。もう訂正できない今になってそんな事言って、ごめんってしか言わないなんてひどい。裏切られた。」

さんちゃんの言っていることがすべて本当のことなのかどうかは、私には分からない。

でも、さんちゃんという子は、なかなか人に嫌ということが言えない子なのだ。

優しいし、自分の言い分を強く押し出してくることのない子だ。

だから長男と約束してはいたけれど、M君に断ることが出来なかったのかもしれない。

もうひとつ考えられるのは、そんなさんちゃんの優しさに長男がわがままになって、自分ひとりで親友気分になっていたということ。

さんちゃんは、もしかしたら長男以外の子と同室になりたかったのではないか。

後のほうの考えは長男には言わずに、さんちゃんの性格のことを長男に言った。

「さんちゃんてね、嫌って言えない性格でしょ。人にあんまりきつく言うこともできないでしょ。だからあんたと同室じゃなくなってしまったと分かっても、何も言えなかったんだと思うよ。さんちゃんってそういう人だって、あんただって分かってるでしょう?だから裏切ったとかそういうことじゃないと思うけど。」

それでも長男は「宿泊学習に行かなくてもいいでしょ。行かないからね。」と言ってきかなかった。

長男の気持ちはとってもよく分かる。

私も話を聞いて、何でこんなことになるんだとがっくりきてしまった。

せっかく調子よく学校に行っていたのに。

でも親としては、行かなくてもいいとは言えない。

気持ちは分かるけど、じゃあ嫌なことがあったらいつも逃げるのか、ということだ。

人生なんて自分の思い通りにならないことばかりだ。嫌な事だってたくさんある。

そんな嫌なことから逃げてばかりいたら、この社会では暮らしていけない。ひとりで部屋に引きこもっていなければならなくなる。

そんなことを考えていたら、これは自分への戒めのような気がしてきた。

私が自分の気持ちをうまく整理できなくていつまでもぐじぐじとやっているから、子供を通して、お前がしっかりしないからこんなことになるんだ!と叱られているような気がした。

子供に逃げてばかりではいけないなんて言える親なのか、お前は。

そんなことを考えて、私も落ち込んでしまった。

 

 

長くなったので、続きはまた後で・・・・・。

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2007年4月 6日 (金)

今日から新学期

我が家の小学生、中学生ともに、今日から新学年が始まった。

長男は一昨日からどんなクラスになるのか不安で不安で、またぐちぐちやり始めていた。

「きっと、仲のいい友達と同じクラスになれない。」

「また、あの嫌なやつと同じクラスになりそうな気がする。」

「きっと自分だけ嫌な奴ばっかりのクラスになる。」

私に絡むように、そんなことばかり延々とぐちぐち言い出すのだ。

誰でも新学期は不安なものだと思う。

私もクラス替えがある4月は大嫌いな月だった。

それにしても、長男の取り越し苦労にはいつも悩ませられる。

私に怒りや不安を吐き出して、黙っていると無視すると言って怒るし、何か言えば全然わかってないと言って怒るし、分かるよと言えばどうせバカにしてるんだと言って怒るし、結局何をしても怒られる私。

中学は始業式の前日に新しいクラスが発表になるので、長男は昨日は学校へ行ってクラス編成を見てきた。

帰ってくるなり「最悪だ。」

一番一緒になりたくない嫌な奴と同じクラスになってしまったのだ。

でも、一番仲良しの友達とも同じクラスになっていた。

とりあえず、ほっとした。

これで、仲良しの子と違うクラスだったら目も当てられない。

しかし「あいつがいると授業崩壊になる。」とまた私に絡み始める長男。

どういうことになるかは始まってみなければ分からない。

大きな問題が起こらないようにと祈るような心境だ。

PTAの委員も今年はやらなきゃならないかなあ。

こっちもちょっと不安。

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2007年3月 6日 (火)

子供の発表を評価する

3月2日の次男の参観日にはダンナが行ってくれた。

体調は大分良くなっていたのだが、2日の夕方から出かける予定だったので、私が出歩いてまた体調崩して予定がおじゃんになるといけないということで、ピンチヒッター、ダンナ。

総合の学習で、「自分調べ」というのをやっていて、生まれてから今までの自分の歴史をまとめて発表するという内容だったので、どんな発表をするのかダンナも興味があったみたい。

私も発表が見たかったけど、家にいて出かける準備をしろという命令が下り断念。

ダンナと次男ポン太が帰って来て、「発表どうだった?」と訊くと

「ポン太はしゃべるのが早すぎたな。」とダンナ。

それを聞いてポン太はがっくりとうなだれてしまった。

もうっ!どうして第一声がダメだしなんだっ?!

発表を見てもらうのを楽しみにしていたんだから、褒めてあげればいいのに。

「でも、ちゃんとみんなに聞こえるように発表できたんでしょ。

良かった良かった。」と私が言うと、ポン太ちょっと復活。

「全員発表したんでしょ?」と訊くと

「自分で発表に点数付けたんだよな。」とダンナ。

先生が「自分の発表が○○点だったと思う人」と言って、それぞれが自分の思う点数のところで手を上げたらしい。

「先生ね、400点だったと思う人って言ったんだよ。」と言ってポン太は楽しそうに笑い出した。

私が「ポン太は何点だと思ったの?」と訊くと「90点」と答えた。

するとダンナが「う~ん、ポン太は75点くらいかなあ。」と言った。

そして他の子の発表が良かったと話し出した。

それを聞いてポン太はまたうなだれてしまった。

私は顔でもうそれ以上何も言うなと合図を送ったけど、ダンナはそんなことにはお構いなくどんどんダメだししそうな感じだったので、ポン太が自分の部屋に行った隙にダンナを捕まえた。

「本人が90点て言ってるのにどうしてそれ以下の点を付けなきゃならないの?そんな点数に何の意味があるっていうの?90点ってポン太が言ったんなら、じゃあもう少しゆっくり話せば100点満点だったなって言ってあげればいいんじゃないの?どうして否定するようなことばっかり言うかな」

私が頭に来て文句を言うと、ダンナはニヤニヤしながら「わかった、わかった」と答えたが、きっと分かっていない。

ポン太は発表を褒めてもらいたかったのに。

ダメだしはしないように前もってダンナに言っておくべきだった。

きっとダンナは「子供にばっかりそんなに気を使って」って思っているんだろうな。

私は「わざわざそんな傷つくようなこと言わなくても」と思うのだけど、それって私が甘いのだろうか。

そんなことは放っておいたほうがいいことなんだろうか。

否定され続けることで傷つくなんて甘やかすから、強い子になれないんだろうか。

あ、今思い出した。

私も参観日にはよく言われたなあ。

「どうして手を上げないの?」

「いつも蚊の鳴くような小さな声なんだから。」って。

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2007年1月24日 (水)

ポン太

年末から体調が良くない。胃腸の調子がすぐ悪くなる。

年末は体調を崩すことが多い。

クリスマスの準備なんかで忙しいので、ドリンク栄養剤を飲んで頑張るのだが、その後にダウンしてしまうことが多い。

頑張ると言ったって私の頑張りなんてたいしたものじゃない。

もっとしっかりきっちりと色々こなしている人の方が大多数だというのは事実だ。

そんな出来損ないの私にダンナが腹を立てる。

「どうしてみんなが出来るのにお前は出来ないんだ。」

そう言われることもある。

いつもいつも出来ないことばかり指摘されていると、そんな出来ない自分が大嫌いになって、自分を消してしまいたくなる。

だから、出来ないことを責められる子供の気持ちは良く分かる。

目に付くことを一から十まで指摘しては子供の立つ瀬が無いなと思って大目に見たりすると、ダンナに子供に甘いと言われてしまう。

こんな私だから、家族の雰囲気も悪いのかな。

家族なんだからもっとお互いを思いやって欲しいのに、優しさがない。

誰がやったの、誰のせいだの、そんなことばかりだ。

私が太陽のように暖かくどっしりとみんなを包み込めばいいんだろうけど、悲しいかな私はそんな器じゃない。

一月はダンナの誕生日があるのだが、毎年のように私が体調を崩してきちんと誕生日が出来なくなる。

今年も、少し胃腸の調子が良くなってきたと油断していたら、急に胃がきりきり痛み出して起きていられなくなってしまった。

夕方までには治まって何とか料理はしたが、私は絶食状態。

体もフラフラしてつい眉間にしわがよりそうな感じだ。

そんなだからダンナの面白くない気持ちも分かる。

結局私が悪いのさ。

殺しても死なないような頑丈な体で、バリバリ働けたらどんなに良かったかなあ。

ダンナが傍にいると、劣等感や自己嫌悪で自分をめちゃくちゃに傷つけてしまいたくなる。

そんな暗澹たる気持ちでいた時に、次男のポン太が私に話しかけてきた。

一瞬で空気が変わって、子供と笑っている私がいた。

ポン太の大好きなダジャレの話に笑って答えている私がいた。

子供ってすごい。

その場の空気が読めない君の無邪気な無頓着さに私は救われたんだ。

陳腐な台詞だけど、君は私の天使だよ。

ありがとう、ポン太。

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2007年1月19日 (金)

腹立つぅ~~~

17日から中学校が始まり、今日から小学校が始まり、北海道の冬休みもやっと終わった。

やれやれ~と思う間もなく、長男がとんでもないことを言い出した。

「友達にMP3あげることにした。」

何ですと~~~~?!

「あげるって、そんな高価なもの友達とやり取りするなんてだめに決まってるでしょう!」

実はその2,3日前に新しいデジタルオーディオプレーヤーを買ったばかりだった。

今まで持っていたものは充電式じゃなく乾電池の減りが結構早く、

MORAでダウンロードした曲を取り込めないから、取り込める機種が欲しい。

ということで、クリスマスには特に欲しいものがなかったので、私の親から

欲しいものが出来たら買うようにと貰っていたお金にお年玉を足して

新しいのを買ったのだ。

古い方のMP3だって、ラジオが聞けなくなってしまっているが、曲を聴く分には問題なく、十分使えるものだ。

私がだめだと言った途端に不機嫌になって

「もう友達に言っちゃったのに、あ~あ、お母さんに言うんじゃなかった。言わなきゃ丸く収まったのに。」

なんてことをほざくのだ。

中学生がそんなものやったり貰ったりして良い訳が無い。

第一そのMP3は私の親からのプレゼントなのだ。

欲しくて欲しくて、一昨年のクリスマスに買ってもらったのに

簡単に人にあげてしまうなんて、何を考えているんだ!

その友達の親だって、そんな物を子供が貰ったと分かったら

きっとそんなことしてはいけないと言うはず。

そういうことを長男に言うと、クラスの人でそういうことしてる人がいるのに、と言う。

そういうことをしている人がいても、それは良くないことだ。

じゃあ、あんたは他の人が泥棒しているからと言って、自分も泥棒していいと思っているのか、と私は言った。

すると長男は、「大人だからえらいと思って、何でも抑え付けようとする。」と言って私を睨み付けた。

私はものすごく腹が立ってきた。

今まで、ゲーム機やソフトやその他色々な欲しいものを、ほとんど手に入れてきたくせに、何を言っているんだか。

ついこの間も、次男とお年玉から半分ずつお金を出し合ってWiiを買うことになったのだが、なかなか手に入らなくて、ネットで販売の情報を色々集めてやっと手にいれたのだが、それだってダンナの会社から近い店に入荷したらしいという情報だったので、仕事中ダンナにちょっと抜けて買ってきてもらったのだ。

何が抑え付けようとするだ。

みんなあんたに協力してやってるだろうに!

自分のお小遣いやお年玉で買ったとしても、それは貰ったお金。

自分では何も稼いでいないのに、一万円近くしたものを友達にポイとやってしまうなんて。

それを注意したら大人の横暴だという様な事を言う。

「そんなに友達にプレゼントしたかったら、自分で働いて稼いだお金でどんな高いものでも買ってやりなさい。」と私は言った。

長男は「ふん、言わなきゃよかった。」と言ってイライラと部屋の中のものに八つ当たりを始めた。

「他の人がやっていようとだめな事はだめだからね。もしあんたがそんな高いもの貰ってきたとしてもお母さんは返しに行くからね。」と言うと

「いつまでもうるさい!」と、また睨み付けてくる。

「あんたが分かってないからでしょ!言わなきゃよかったとか言って、親に知られなきゃ何してもいいようなこと言ってるから、それはだめだと言ってるの。」

もう、どうして分からないんだろう。

何でも簡単に手に入るから、プレゼントされたものでも簡単にあげてしまえるのか。

飽きてしまったゲームソフトを売って新しいのを買うことを許したから

こういうことになってしまったのか。

やっぱり私が甘かったのか。

年の割には思考が本当に子供っぽい長男。

折に触れて、その考え方は違うとか、そういう時はこうするものだとか

長男に分かってもらいたくて言うのだけれど、

前に心療内科の先生に、「この子は考えがとても幼くてお母さんの言うことを全然分かっていませんよ。色々説教しても全部無駄になってますよ。」と言われた。

子供っぽいのは前から分かっていた。

何とかして、そんな考え方じゃだめだと伝えたくて、色んな話をしていこうとしていた。

それが無駄だとしたら、何をしたらいいのか。

それでもやっぱり何も言わないわけにはいかないのだ。

自分勝手な長男に腹が立つやら

そんな風に育ててしまった自分が情けないやら

何だか疲れてしまった。

やっぱり戦いだなあ、子育てって。

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2006年11月30日 (木)

家庭の問題とか・・・

随分前に「5等になりたい」というアニメをテレビで見た。

内容を簡単に言ってしまうと、足に障害を持つ女の子が

いじめられながらもたくましく前向きに生きていくというもの。

主人公は小学一年生だったと思う。

このアニメの中で印象に残っているエピソードがある。

クラスにガキ大将的な男の子がいて主人公の女の子の足のことをからかったりしていじめるのだ。

ある日担任の女の先生はその男の子に、お母さん宛の手紙を渡す。

その手紙には、その子とふたりだけの時間を持ってやって欲しいというようなことが書いてあったと思う。

弟達がいて、お母さんは働いている。

お母さんを独り占めできない淋しさが学校での乱暴な言動につながっていると先生は考えたのだろう。

手紙を読んだお母さんは早速その子とふたりでアイスを食べたりして

短い時間だったけれどふたりきりの時間を過ごした。

その翌日、男の子は嬉しそうに先生に言った。

「先生、手紙になんて書いたの?お母さんすごく優しかった。またお母さんに手紙書いてね。」

そして男の子は女の子をいじめなくなった。

これはあくまでお話で、おとぎ話のように美しいエピソードだと思う。

実際にはこんな理想的に物事は運ばないだろう。

いじめている人間には、本人が気付いていなくても、心の中に何か原因があるんだろう。

その原因を解消することが、いじめをなくすことに繋がるのだろうが

今の学校でそんなことは不可能なのだろう。

長男が6年生の時、乱暴な言動でクラス中から嫌われている子がいた。

その子のせいで授業も成立しなかったり、いろいろな問題が起きていた。

担任の先生はその子の親と連絡を取ろうとしたが、親が逃げ腰で

きちんと話をする機会がないと言っていた。

参観日には来なくても、ほとんどの親は学級レクには集まってきた。

だがその子の親を私は見たことがなかった。

学芸会にも来ていなかったようだ。

その子が荒れるのは家庭の環境のせいもあるのかなと思った。

親には親の事情があるだろうから、事は単純ではない。

こうなると学校だけではどうにもならないと思う。

今、いじめの加害者を出席停止にしてはどうかという話がでているが

それだけでは問題は解決しないだろう。

出席停止にするなら、もっときめ細かな対応をしていかなければ

ますますひどいことになりそうな気がする。

そして、きめ細かな対応は、今の学校には出来ないと思う。

スクールカウンセラーの派遣時間さえ減らされてしまう現実。

少子化を何とかしなければと言いながら、教育に関する予算は

増えるどころか減らされている。

義務教育で子供一人当たりにかける国のお金は一年間約二千円。

そのうち半分は先生の給料、残りは千円。

一年間に千円。

先進国では断トツに低い金額だ。

学校では、お金も時間も人材も不足していると思う。

そして親はというと、高級外車に乗りながら給食費を払わないような

そんな自分勝手な輩が増殖している。

子供たちを取り巻く環境はどうなってしまうんだろう。

こんなことを偉そうに書いている自分を振り返ると

我が子の問題は、家庭の問題なのだと反省することが多々ある。

だがその問題を正していけない情けない自分がいる。

悩み多き毎日だ。

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みんな必要な人

道内シェア最大のDO新には、女性限定で600字以内の短い文章を

投稿できるコーナーがある。

そのコーナーに掲載された話に感動してしまった。

投稿した方は10歳8歳6歳の子供を持つお母さん。

下のふたりのお子さんは難病で寝たきりなのだ。

ある日突然10歳の長男がお母さんに尋ねた。

「お母さんは病気になった妹や弟を産んで嫌だなって思ったことはないの?」

親による子供への虐待などのニュースを見たせいか

「だって、自分の子供に責任の持てない親もいるじゃん。」と言ったそうだ。

彼女は、下のふたりが病気でも病気でなくても愛している、そして

ふたりから大切なことをいっぱい教えてもらったと答えた。

すると長男が「オレもね、教えてもらったことがあるんだ。」としみじみと言ったそうなのだ。

ふたりが病気じゃなかったら兄弟がいるって幸せだなって思わなかったと思う。

兄弟がいてくれるだけで幸せなことなんだって考えるようになった。

それを聞いて彼女はビックリした。

お母さんが妹や弟にかかりきりで

我慢しなくちゃならないことがいっぱいあって

「お母さんは、妹と弟だけのお母さんになればいい!!」

と泣いていた長男だったのに、いつの間にこんなに成長して

くれていたのだろうと、涙があふれそうになった・・・・・

という内容だった。

子供が生まれてから、弱いということは否定されることばかりじゃ

ないんじゃないかな、なんてやっと考え始めた私。

この世の中に強い人間ばかりだったら、殺伐とした世界になってしまうだろう。

弱い人達が教えてくれるのだ。

優しさや思いやりや生きることの大切さを。

人間らしい豊かな心を。

そんなことを考えるようになったのは、ここ何年かのこと。

それなのにこの長男君は10歳でこの境地に到達したなんて!

たとえ障害を持って生まれてきて寝たきりでも

この世に必要のない人間はいないんだ。

君たちが生まれてきてくれたから、大切なことに気付くことができた。

生まれてきてくれてありがとうっていう境地だよね。

お母さんの愛情が下の子たちに全部とられてしまうようで

悲しい思いもいっぱいしただろうに

「教えてもらったことがある」って言えるなんてすごい。

高校生の頃、どうしてこの世に障害を持って生まれてくる人がいるのか、

キリスト教では「神の栄光が顕われるため」だと言うんだよと友達が言った。

キリスト教徒ではない私には、何それ?というものだった。

今でも「神の栄光」は分からないけど

この長男君の言っていることはよく分かる。

この年でこんな風に命の大切さに気付く子もいるのに

身勝手な親による事件が毎日のように報道されている。

そして障害者自立支援法という悪法によって苦しめられ行き場をなくしている人達がたくさんいる。

弱い人間は必要ない。

強い人間だけが生き延びればいい。

そんな世の中になっているようで、暗い気持ちになる。

この長男君のお話は、そんな私の心にぽっと明かりを灯してくれた。

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2006年11月21日 (火)

親の思い

いじめを苦に自殺する子が後を絶たない。

さくらさんのブログで鴻上尚史さんが新聞に書いた「いじめられている君へ」を読んだ。

「あなたが今、いじめられているのなら、今日、学校に行かなくていいのです。 あなたに、まず、してほしいのは、学校から逃げることです。逃げて、逃げて、とことん逃げつづけることです。 学校に行かない自分をせめる必要はありません。 大人だって、会社がいやになったら、会社から逃げているのです。 次にあなたにしてほしいのは、絶対に死なないことです。 そのために、自分がどんなにひどくいじめられているか、周りにアピールしましょう。思い切って、「遺書」を書き、台所のテーブルにおいて、外出しましょう。 学校に行かず、一日ブラブラして、大人に心配をかけましょう。そして、死にきれなかったと家にもどるのです。 それでも、あなたの親があなたを無視するのなら、学校あてに送りましょう。あなたをいじめている人の名前と、あなたの名前を書いて送るのです。 はずかしがることはありません。その学校から、ちゃんと逃げるために「遺書」を送るのです。 死んでも、安らぎはありません。死んでも、いじめたやつらは、絶対に反省しません。 あなたは、「遺書」を書くことで、死なないで逃げるのです。 だいじょうぶ。この世の中はあなたが思うより、ずっと広いのです。 あなたが安心して生活できる場所が、ぜったいにあります。それは、小さな村か南の島かもしれませんが、きっとあります。 僕は、南の島でなんとか生きのびた小学生を何人も見てきました。 どうか、勇気を持って逃げてください。」

どれくらいの子供がこれを読んだかは分からないけれど、文筆活動をしている人は、鴻上さんのように子供たちへ死んじゃいけないというメッセージを送って欲しいと思った。

この文章が子供たちの心にきちんと届いてくれることを願わずにはいられない。

 

そして・・・

いじめられている子供たちは、心配をかけたくないから、迷惑をかけたくないからと

親にも相談できないと言う。

どうして?!

心配かけるからと打ち明けずに自殺することが、親に迷惑をかけないことなの?

子供を心配するのが親の役目でしょう。

人に迷惑をかけないのは大切なことで、警察の厄介になるようなことはしてはいけない。

でも誰にも迷惑をかけずに生きていける人間なんてどこにもいないし、

親に迷惑かけずに大きくなった子供もいない。

それでも親は子供を恨んだりしない。

我が子が生まれた時、親は計り知れない程の幸せをもらっているのだから

その後の迷惑なんてなんてことないのだ。

親だって人間だからダメージを受けてふらふらすることもある。

そのダメージだって我が子を失うことに比べたら、なんでもないことなのだ。

私も中学時代はいつも死にたいと思っていた。

いじめられもした。

苦しい気持ちを母親に投げつけて、泣いたり喚いたりした。

親をとても苦しめたと思う。

でも、子供をもつ身になって思うのだ。

私が苦しむことで子供が死なずにすむのなら、それでいいと。

たとえ子供がどんなに私を苦しめようと、裏切ろうと、私の愛情に変わりはない。

こんな無償の愛は、子供を持って初めて知った感情だった。

ギブアンドテイクではない。

与えるだけで充分なのだ。

生まれてきてくれただけで、もう充分もらっているのだから。

親に話しても解決しないかもしれない。

私がそうだったように。

でも誰かに感情をぶつけること、気持ちを吐き出すことで

また立ち上がれるかもしれない。

私がそうだったように。

誰にも何も言えずに死を選ぶ子たちは、みんな親思いのいい子だったに違いない。

それを思うと胸が締め付けられる。

だけど死んじゃいけない。

親に迷惑かけてでも、生き抜かなきゃだめだ。

こんな風に思うのは私だけじゃないと思うのだが

最近は自分勝手な親の事件も多いのでやりきれない。

いじめはきっとどこにでもある。

いじめられて、自分なんか誰からも必要とされてないんだ、自分なんか消えてしまったほうがいいんだ、という気持ちになってしまうのも分かる。

そんな時に、親が、家庭が、子供の逃げ場になれないなんて悲しすぎる。

努力は大切、ストレスに強くなることも大切。

でも、伸びきったバネがぷっつり切れてしまうまで我慢する必要はどこにもない。

私はあなたの味方だ、ひとりで我慢することはない。

そんな思いを子供たちに伝えるために

これ以上悲しい子供を増やさないために

大人は今真剣に考え行動しなければならないのだと思う。

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2006年11月10日 (金)

子供のこと

昨日は次男ポン太の同級生が遊びに来ていた。

ポン太はこのY君がとても好きだということがよく分かった。

他の子が遊びに来たときとポン太のテンションがまるで違うのだ。

嬉しくてはしゃぎまくっていた。

朝は同じマンションの子達とは一緒に登校しないで

早めに家を出て通学路の途中にあるY君の家によって一緒に登校している。

Y君を見ていると優しい子だということが分かる。

人をからかったり、傷つけるようなことを言ったり、自分の我が儘を

押し通したりしない子なんだと思う。

だからポン太はY君が好きなんだなあ。

Y君を見ているとなんだかほっとする。

 

ポン太は口が達者じゃないし、運動もあまり得意じゃない、その上ちょっと

ぼーっとしたところがある。

だから、からかうにはいい対象なのだ。

同じマンションの子達はよくポン太をからかうので

登下校時は一緒にいたくないポン太なのだが帰りは安全上、

近所の子達とまとまって下校しなければならないことになっているので一緒だ。

それで、からかわれて、怒りで顔を真っ赤にして、涙をためて帰ってくることがよくある。

マンションの子達もそうなのだが、ポン太の学年は第一子が少なく

上に姉や兄がいる子が多い。

そのせいかしっかりしている子が多く、しっかりしているだけでなく日頃年上の兄弟を

観察しているせいか、人をからかったり皮肉ったりするのもお手のものなのだ。

ポン太も長男ゴン太にいじめられ、相当鍛えられているので

ゴン太に比べるとず~っと打たれ強いのだが

他の子たちのほうがはるかにウワテなのだ。

そういう子達の言動を目にすると憎らしく感じてしまう。

でも、親が出ていくほどのことではないのだ。

ポン太が自分で解決していかなければならないことなのだ。

 

8日は全市一斉の参観日だったのでポン太の様子も見に出かけた。

学校では元気いっぱいだったので、今のところはそれ程心配することもないだろう。

子供たちの小さないざこざはどこにでもあることだが

我が子が辛い思いをしていると、小さなことでも親としては辛いものだ。

だが、辛い思いもしながら子供は成長していかなければならないのだと思う。

弱い自分を棚に上げて、強い子になって欲しいと願う毎日だ。

私ももっと頑張らなきゃ!

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2006年11月 9日 (木)

参観日

昨日は中学校の参観日だったので行って来た。

学級懇談にも出てきた。

今年は体調が悪いことが多くて、参観にも行けないことが度々あったので

中学では初めての学級懇談だった。

35人のクラスで懇談に集まったのは10人。

ウチのクラスが一番多かったようだ。

他のクラスは一桁ということか。

いじめの話が出た。

いじめによる自殺がニュースで連日報道されたので

学校では無記名でのいじめに関するアンケート調査を行っていた。

長男のクラスでも、いじめられていると書いた人がいた

ということは長男から聞いていた。

昨日の懇談会で先生がそのことを話してくれた。

いじめられていたのは男の子二人、女の子一人。

無記名アンケートだったので、先生はひとりひとりの子と面談して

いじめられている子、いじめている子を見つけたそうだ。

いじめは身体的なことでの悪口だった。

女の子のほうは親が先生に相談していたようで、親と先生が連絡を取り合って

何とか解決したようだ。

男の子のほうはクラスでも多くの子がそのいじめを知っていたので

クラス全体でも話し合いをして今は落ち着いているようだ。

やっぱり懇談に出なければ、こういうことって分からず終いなんだなあ。

学校のことを話す子の親はいじめのことを知っていたかもしれないけれど

多くの親はクラスでこんなことが起こっていたことに気付いていないのだろう。

知ったからってすぐにどうなることでもないのかも知れないが

知らないというのは怖いことのような気がする。

無関心というのもあるかも知れない。

我が子が当事者でなければ関係ないわ、という考え。

アンケートの結果、いじめがないクラスはなかったようだ。

そりゃあ、いじめはどこにでもあるのだろう。

多少のいじめならはね返すくらいの強さを子供には持ってもらいたいと願う。

それと同時に先生や親も頑張らなくてはと思う。

それには親たちがクラスがどんな状態なのか認識することが大切だと思うのだが。

それが一番難しいことなのかもしれない。

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2006年11月 2日 (木)

いじめが起こった時・・・続き

長男ゴン太が不登校気味になり、どうしたものかと悩んでいた時、

クラスの女子がとてもうるさい、そして横暴だということはゴン太から聞いていたが、

それはいつものゴン太の過剰反応で気にし過ぎだろうと思っていた。

ゴン太の不登校はゴン太の問題だと思っていたのだ。

それが、いじめの話をきっかけに何人かのお母さんの話を聞いてみて、

ゴン太だけの問題ではないことに初めて気付いた。

授業中女子がとてもうるさくして、先生の声が聞こえないということがよくあり、

先生が注意してもケラケラ笑っている。

グループで何か決めようという時、男子の意見は女子に「そんなの絶対だめ

却下~!」といった感じて押さえ込まれてしまう。

女子が男子にぶつかった時、謝るどころかにらみ付けてくることもある。

思いやりとか優しさとか、そんなものがないギスギスしたところ。

クラスはそんな状態だったのだ。

ある男の子は、「このままじゃ何かとんでもないことが起きてしまうかもしれない。

誰かが爆発してしまうかも、そんな気がして怖い。」と母親に言ったそうだ。

学校のことを家で話す男の子の親は、こうしたクラスの状態を少なからず知っていて困ったものだと思っていたようだ。

しかし、学校のことを話さない子や、女の子の親はこんなクラスの状態に

まったく気付いていなかったようだ。

そして懇談会に集まったのはたった6人の親。

そこで知ったのだが、男子対女子の対立だけでなく、女の子同士の問題も

起こっていたようで、クラスは混乱の只中にあったのだ。

これは先生だけではなく親も関わっていかなければならない問題だと私たちは思った。

このクラスの問題をどうやってここにいない親に伝えたらいいのか。

親と先生が膝を突き合わして話していく、その場でしか伝わらないものがそこにはあった。

子供やクラスに全く何の問題も感じていない親も沢山いる。

そういう人にたちにどうやっていこの問題を伝えたらいいのか。

今こういう問題がクラスにあります、という学級通信のようなものを

保護者宛てに出せないかという意見が出たが、先生はそれは出来ないと言った。

文章にすると色々な誤解が生じるというのだ。

誰がどうしたこうしたという具体的なことは書けないし

漠然と今のクラスの状態を書いても、何も知らない親には伝わらないのでは、

ということだった。

そうかと言ってその場にいた親がいなかった親にこの問題を伝えるのも難しい。

極仲のいい間柄なら茶飲み話で伝えられるだろうが、そうではない人に

こんなデリケートな問題をどうやって伝えるか。

以前、ゴン太には直接あまり関係ないことだったが同級生のお母さんにその子の

問題を伝えなければならないことがあって話をしたことがあったのだが

その時は精神的にとても疲れて、色々悩んで食事ものどを通らなくなって

ボロボロになってしまった。

私の心が弱いせいかもしれないが、そんな経験から伝える難しさは身に沁みている。

もっと沢山の親に集まってもらってこの問題を話し合いたいという気持ちは

そこにいた全員にあったと思う。

でも働いている人も多くてそれもなかなか難しいだろうということになった。

子供が大きくなるにつれて働くお母さんがとても増えてきた。

そして低学年のときは懇談に出席していた人も高学年になると

授業参観には出るが懇談には出なくなってくる。

私のように自分の子供に何か問題を感じている人は割りと出てくるようだが

うちの子は何も問題はないと思っている人は出てこなくなるようだ。

その懇談の時思ったのは、そういう人にも出てきてもらいたいということだった。

何もないように見えても何かが起こっていることがあるから。

先生は良いことは伝えてくれるが、悪いことは伝えてくれないのだ。

たとえ学級崩壊が起こっていたとしても先生はそんなことは言わないだろう。

だから懇談に出てきて欲しい。

自分の子さえちゃんとしていればそれでいいと考えないで

何が起きているのかきちんと知ってもらいたい。

5年生というのはとても不安定な学年のようだ。

特に女の子は5年生の時に必ず問題を起こす子が出てくると懇談の時先生が言っていた。

思春期を迎えて不安定になってくる子供たちの心。

そんな時期に親の目は子供から離れて行っているような気がした。

ますます子供の変化に注意を向けなければならない時期なのに。

そんなに神経質にならなくたっていいんじゃない?と思う人もいるだろう。

でも、いじめはある日突然起こるものじゃないような気がする。

この時のクラスの混乱とギスギスした雰囲気の中で、いじめは育てられてしまったように思う。

いじめが起こった時先生に、隠すな、真実を言えと迫るだけじゃ何も解決しないのではないだろうか。

親は我が子の変化だけではなく、クラスや学校の空気を感じ取ることが重要なのだと思う。

そのためには学校に行かなくてはだめだ。

今は年に何度も参観日がある。

参観日には学級懇談もあると思う。

億劫だけど懇談会にも出るべきだと思う。

先生任せにしては絶対だめだと思う。

何か問題が起こった時、先生が情報を発信してくることは、まずないはず。

良くない流れがあったら、親は積極的にそれを感じ取らなければならないのだと思う。

学校で起こっていることは他人事ではない、すべての親がそんな気持ちになれば

辛い思いをする子がもっと少なくなるのではないだろうか。

あ~、でもそれはとても難しい。

親の考え方も様々だし、懇談会で問題提起するのだって、本当はとっても勇気がいるし難しい。

私だって我が子のことで悩むだけでクラスの状況を知らなかった。

 

とりとめもなく長々と書いてしまったが、

そのときのいじめは先生も知っていて、対応はしていた。

いじめた子たちに、これはいじめだと認識させ、Y君に対して謝罪させたとのことだった。

それでも、その悪口は完全にはなくならなかった。

親たちも今の状態を改善する良い手立てを思いつかなかったが、

それぞれが出来る努力をしていくというようなことで懇談は終わった。

そしてある日、そんなクラスの良くない状態やいじめが一気に解決してしまった。

リーダー格の女の子が転校して行ったのだ。

その後クラスは幾分か落ち着いた雰囲気になったようだったが、

このクラスの混乱はまだまだ続いていくのだった。

 

本当にダラダラと書いてきたが

言いたいことは、子供たちを守るために学校に行ってください。懇談にも出てください。

学校に行かなければ、懇談に出なければ分からないこともあるんです。

ということです。

乱文を最後まで読んでくれた方、ありがとうございました

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2006年10月31日 (火)

いじめが起こった時

長男ゴン太が5年生のとき、クラスでいじめられている子がいた。

その頃ゴン太のクラスはとっても悪い状態で、

先生も「学級崩壊ってこういう風に始まるのかなと思った」と後で言っていた。

その芽は4年生頃からあったのかも知れない。

ゴン太の不登校が多くなったのは4年の秋頃からだった。

ゴン太は1年の頃から何かあるとすぐに学校に行けなくなっていたので、

クラスの環境のせいというよりも、ゴン太自身の問題だと私は思っていた。

子供といっても人間関係の軋轢はあるものだ。

でも他の子たちが何の問題もなく学校に通えているのに

ゴン太だけが学校に行けないのだから、それはゴン太の弱さだと思った。

5年になって週の半分は学校を休むようになってしまったゴン太が、ある時友達のことを話し始めた。

「女子がYのこと、○○って言うんだ。」

○○というのは、体の一部を取り上げて言う悪口である。

「わざわざYの席のところまで来て言うんだ。Yは、いいんだって言うけど

絶対嫌だと思う。だって言われてるとき耳を押さえてうずくまっているもん。」

これは明らかにいじめだ。

クラスがそんなことになっているなんて私はびっくりした。

それでクラスの委員をしているOさんに電話でクラスのことを聞いてみた。

「Y君がいじめられているらしいんだけど・・・。」と切り出すと

Oさんもそのことを知っていた。

Y君とO君は地域のスポーツのチームに入っていて、同じチームの6年生の子が

Y君がいじめられているところを目撃していた。

それでチームのコーチに相談したそうだ。

コーチは自分のチームの子がいじめを受けていることに物凄く怒って

チームの子たちに、特に6年生の子たちに、Y君を助けてやれと指示した。

今度そういう場面に遭遇したら、いじめている女子を叱ってやれ、

6年の男子が5年の女子を叱るのが問題あるようだったら、

6年の女子に頼んでやめろと言ってもらえ、ということだったようだ。

O君もクラスメイトだったが助けることはしていなかった。

その頃クラスは女子と男子がとても悪い関係で、女子の天下だったのだ。

リーダーシップをとるのはいつも女子で、男子の意見はほとんど却下されるような状態だとゴン太は言っていた。

何人かの男の子のお母さんと話をしてみると、男の子たちは同じように女子が横暴だと感じているようだった。

授業中も女子のおしゃべりがうるさくて先生の声が聞こえないこともよくあったらしい。

学校が楽しくない、学校に行くのが苦痛だと感じている男子が沢山いることも分かった。

男子の数のほうが多いクラスだったから、男子が団結すれば何とかなるのでは、

と思ったが、こういう時男子はバラバラだということも分かった。

女子の場合、何かあると姉御肌の子が中心になって「あんた何やってんのよ!」と

男子を懲らしめたりしていたようだが、それが出来たのもこの学年の女子が

男子よりもパワフルだったからなのだろうか。

とにかく男子はクラスの中で何も言えず小さくなっていたようだった。

ちょうど間近に参観と学級懇談を控えていたので、懇談会でこのことを

話してみようということになったのだが、Oさんが言うには、

スポーツチームのコーチが、Y君のお母さんが心配するからお母さんには

Y君がいじめられていることを話すなと言っているということだった。

懇談会でこのことを取り上げればお母さんの知るところになってしまうし

いきなり懇談会でこのことを知ってもお母さんが困ってしまうと思うので、

取り上げるなら事前にY君のお母さんに話をしなければならない、

どうしよう、ということになった。

私はお母さんに知らせるべきだと思った。

他の学年の子や、他の子のお母さん、コーチまで知っているのに

自分だけ、我が子がいじめられて辛い目にあっていることを知らなかったなんて

そんなことを後で知ったら、私だったらとても苦しむと思った。

我が子の為に何もしてやれなかったと自分を責めることになるだろう。

結局OさんがYさんに話をして、懇談会で取り上げることになった。

いじめだけでなく、クラスの状態が非常に悪いことも話し合おうということになった。

しかし、20人のクラスで懇談会に出たお母さんは6人、

そのうち女子のお母さんは一人だけだった。

 

(長くなったので続きはまた後日に・・・)

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2006年6月23日 (金)

ちいさな悩み?

この4月から次男ポン太の通う小学校にも、週に三日ほどスクールカウンセラーが来ることになった。

子供たちは「悩んでることがあったら気軽に相談しに行ってね。」と先生から言われているようだ。

ポン太は「悩みを相談できるんだよ。」と度々私に説明してくれる。

「でも行ったことないんだ。」と言う。

「Kも行ったことないんだって。」

「そうなんだ。」と私。

「今日ね、行ったことある?って訊いたら、ないって言ってたんだ。

ポン太もないんだ。だって緊張するからって言ったらKも緊張するって言ってた。」

「ふ~ん、ポン太は悩みあるの?」

「あるよ、Kに言ったら、そういうことあるよねって言ってた。」

「K君はどんな悩みがあるって?」

「Kは言わなかった。」

ポン太もどんな悩みがあるのか言いたくなさそうなので訊かなかった。

どんな悩みか、大体分かるけど。

子供は子供ながらに悩んだり苦しんだりしてるんだよね。

そう思ったらジワリと涙がこみ上げて来た。

頑張れよ、ポン太。

あんたも色々あるだろうけど、あんたの笑顔は私の救いなんだから。

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2006年6月19日 (月)

叫ぶ

次男ポン太は帰って来るなり

「あ~!今日は嫌な思いした!」

と半べそをかいている。というより怒りで顔を赤くしている。

「どうしたの?」と訊くと

「お母さんに言ってもミキのカタ持つから言わない。」と言う。

「ミキちゃんのカタもたないよ。」と言っても何があったのか言わない。

少しして、私のところに来て

「ミキのバカヤロウって窓から叫んでいい?」と訊くポン太。

我が家のベランダは交通量の多い道路に面しているので

ちょっと叫んでもあまり人には聞こえない。

だから「ベランダで叫んだら?ミキのバカヤロウって。」と言った。

「ミキのボケヤロウって言ってもいい?」

「いいよ。」

「ミキ、死んでしまえって言ってもいい?」

「死んでしまえはやめたほうがいいね。」

「ミキのじじいやろうっていうのは?」

「それは違うんじゃない。ミキちゃんはばばあにはなれてもじじいにはなれないよ。」

(おバカな親子の会話です。すみません。)

それから、ベランダでいろいろ叫んだ後、ニコニコしながら

「あ~、すっきりした。」と言っていた。

ポン太、お前はなんていい子なんだ~~~!

さっきまでの怒りがこれくらいのことで解消されるなんて。

ポン太の笑顔を見ていたら心が慰められた。

これって、小さなしあわせかな。

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2006年6月 1日 (木)

また不登校

長男ゴン太は中学生になってからは、

「学校が嫌だ、クラスが嫌だ、学校なんか行きたくない」

とは言わなくなった。

新しい友達も出来て、クラスも雰囲気は悪くないようで、

4月は何日か休んだが、まあ順調かなと思っていた。

でも、5月になってからはもう下降線をたどる一方で休んでばかり。

5月病なら6月になれば立ち直れるんだろうけど

年中5月病の様相を呈してきた。

また週一回心療内科で集団カウンセリングに通うことになった。

それで何とかカウンセリングの日以外は学校に行けるようになるかと期待したが

今のところだめなようだ。

今週は火曜日に病院に行ったが、水、木と休んでいる。

今日は一度は学校に向かったが、吐き気が治まらず

途中で吐いてしまったからと戻ってきてしまった。

具合が悪いから学校に行けないのではなく

学校に行きたくないから具合が悪くなる。

本人の気持ち次第だから、本人が強くならなければ解決しない。

無理やり学校に連れて行っても、具合が悪くなって帰ってくるので

何の解決にもならないのだ。

今すぐ劇的に変わる事はありえない。

それは分かっているんだけど、どうにも出来ないのが辛い。

特に、ダンナに責められるのが辛い。

「今日も休ませるのか」

「どうしてさっさと行かせないんだ」

「お前はこれでいいと思ってるのか」

「お前の考え方、おかしいんじゃねえのか」

「甘やかしすぎだ」

ゴン太は父親に叱られると、憎々しげな目をして責めるように私を見る。

どうして助けてくれないの!と、私に訴える。

みんなが私を責める。

どうしたらいいのか、何が正解なのか、

私には何も分からないのに。

いつも迷ってばかりなのに。

結局私は、子どもが不登校なのが辛いのじゃなくて、

自分自身が責められることが辛いんだ。

そう思うとやりきれない気持ちになる。




そのせいかどうか分からないが、このところ現実逃避をしてしまう。

あ~、もっと真面目に家事をしなきゃな~。

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2006年5月25日 (木)

運動会の季節

もうすぐ運動会。

長男のゴン太は足が速いほうなので、リレーの選手に選ばれる。

本人も選ばれたいと思っているので、それはいいのだけれど

その後がちょっと困りものなのだ。

紅白リレーは、赤2チーム、白2チームで競い合う。

ゴン太のチームはなぜかいつも3位か4位。

それがとても気にくわない。

足の速さも、男子ではゴン太は学年で4番手くらいなので

速い子にはどうしても勝てなかったりする。

それも気にくわない。

気にくわないと言ったって、どうしようもないことだ。

リレーは一人で走るものじゃないから、どんなに頑張ったって負けるときは負けるのだ。

バトンを落としたり、転んだり、ハプニングも付きものだし。

そういう思い通りにならないことに腹を立て、機嫌が悪くなり、終いには泣いたりする。

仕方のないことだと言い聞かせても埒があかないので結局は無視するしかない。

そんな訳で、いや~な雰囲気で運動会を終えなければならないことが、多々あった。

それに運動会前は、運動会の練習で体育の時間が多くなり、疲れも出てくる。

子供時代特有の、成長痛とも言う痛みも、決まってこの時期にでる。

リレーの選手なのにこれじゃ走れない、と泣き言が始まる。

もう、私だって大声で叫びたくなる。

「運動会なんかだいきらいだ~!!!」

ゴン太が5年生の時には、スタンツのピラミッドの練習のとき

上に乗っていた子がバランスを崩してゴン太の肩にしがみつくような体勢になったらしく

変な崩れ方をして、ゴン太は肩の骨にひびが入ってしまった。

MRIでやっと分かったくらいの小さなひびだったのだが

痛みがなかなかとれず、肩より高く手をあげることが出来なかった。

それでその年はスタンツも騎馬戦も出られなかった。

一見何でもなさそうに見えるし、リレーには出たので、サボってるみたいに言う先生もいたようで、そのことでまた憤慨していた。

次男のポン太は、ゴン太とは正反対で足が遅い。

走る姿を見ただけで、ああ、これは遅いと分かる。

でも、徒競走で5人中3位でも大満足で、「速く走れた」と言っている。

まあ、1年生だったから、色んなことがあまりよく分かっていなかったせいもあるが

足の速いゴン太より、ずっと幸せだと思う。

おじいちゃんが「なんだ、遅いな、だめだな。」と言っていたが

ポン太の方が運動会をず~っと楽しんでいて、

「頑張ったね、楽しかったね。」で締めくくれるので私も気がらくだ。

人間才能があれば幸せになれるわけじゃないという、いい見本のような気がする。

今年は小学生は2年生のポン太だけなので、リレーを応援する楽しみはないけれど

のんびりと楽しく見られそうだ。

中学生になったゴン太は運動会の前日に体育祭があり

こっちの方は、またまた問題大ありのようで、頭が痛い・・・・・。

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2006年3月 3日 (金)

卒業目前

先週の月曜日から不登校になっていた長男が、3/1に登校した。

その日は6年生を送る会があったので、

「送る会だけでもいいから、出てみようよ。」と何とか学校まで引っ張って行き

遅刻ながらも学校に到着。

途中、何度も「吐きそう、辛い」と言っていたが、「辛かったらすぐに早引きさせてくれるよう先生に頼んであげるから、とにかく行ってみよう」と説得した。

長く休むと、先生は、あれもやってない、これもやってない、だから多少具合が悪くても

もうちょっと頑張ろうね、となかなか保健室にも行かせてくれない。

先生の気持ちはとってもよく分かる。

ここで少しでも遅れを取り戻して頑張ってもらいたいという親心、いや先生心。

でも子供にすると、辛くなっても保健室にも行かせてくれないから

学校に行きたくない、ということになる。

先生には、とりあえず今日は少しでも学校に居られたらそれでよしということで

本人が辛くなったら早引きさせて下さいと話した。

2時間目の送る会には出たが、その後はやはり耐えられず11時半には帰ってきた。

帰って来ると嘘のように元気で、パソコンでチャットなんかしてるんだけどね~。

でも、居場所が学校しかないのは苦しいと思うので

同じ趣味を持つ仲間とネット上で交流するのもいいかなと、

あまり厳しくパソコンを規制はしていない。

2/28には心療内科で同じ不登校の子供たちとのカウンセリングに参加して

とても楽しかったようだ。

カウンセリングと言ってもゲームをしたり、話しをしたり、2時間くらい

好きなことをしているだけのようだ。

同じ6年生の子と仲良くなって、帰りに「またね」なんて言ってた。

そんな居場所があるというのが、子供の支えになるといいなと思う。

3/2の朝、やっぱり具合悪そうにしていたが、学校に行った。

6時間授業を受けて帰って来た。

落ち込んだふうも無く一安心。

でも久しぶりに6時間授業を受けて疲れたのか、頭が痛いと言っていた。

そして今朝は7時半に家を出るから早めに起こしてと言う。

学校で朝の会が始まるまでの時間にトランプで遊ぶからと張り切って出かけて行った。

まったく、浮き沈みが激しいことだ。

こんな風に張り切って出かけた日は、期待を裏切られてどん底状態で帰宅することもあるので、まだ安心は出来ない。

卒業までこのまま学校に行けたらいいなと思うが、先のことは分からない。

行きつ戻りつ、でも少しは前進しているのかなあ。

子供が学校に行けなくなると、親はとっても不安だ。

学校に行ってくれたほうが楽だし安心できるから。

学校は行って当たり前だと思っているから。

学校の先生も、学校に来れないことは困ったことで、大変なことだと思っていて

とにかく学校に来させようとする。

学校に行ってさえいればいいという感覚。

でもきっと道はひとつじゃないんだよね。

回り道を行くことが必要な子もいるんだよね。

それは、親が回り道だと思うだけで、子供にとっては正にその道なのかも知れない。

自分の子供時代を振り返ると、学校生活で辛いことが沢山あったなと思う。

特に中学の三年間は、二度と戻りたいとは思わない。

人付き合いが下手で、小心者の私。

そんな私の子供なんだから、要領よく学校生活が送れないのも仕方のないこと。

私の親も、きっと大変だったろうなあ。

親にかけた苦労は、子供を通して自分に帰ってくるということだ。

それも仕方のないこと。

なんとかなるさと、楽観主義でいこう!

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2006年2月24日 (金)

学校に行けない

今週は、長男は一日も学校に行っていない。

毎朝、吐き気と胃痛で学校に行けない。

それ程具合は悪そうではないのだけれど。

水曜日に思いきって心療内科もやっている小児科に行ってみた。

心療内科やカウンセリングは予約制だけど、予約はいっぱい。

でも腹痛ということで受付して長男の状態を話すと、予約外なので短時間ですが

先生と話しますかということで、いろいろ話を聞いてもらった。

なるべく早くカウンセリングに入ったほうがいいという事で

来週の火曜日に予約を入れてもらった。

ああ~、行ってよかった。

予約なしだけど、行けばなんとかなるだろうと行ったら、なんとかなった。

困った状態の子を、ひと月もふた月もほったらかしにはしないだろうと、とりあえず行ってみたんだけど、正解だったかな。

やっと専門家の意見が聞ける。

これからどうなるか分からないけれど、どうしていいのか分からずうろうろしているよりは、何か前進できるかなと思う。

今までもそれなりに色々相談したりしていた。

市でやっている「スクールカウンセラーによる相談」というのにも行った。

でもこれは月に二回しかやっていない。

行って相談したが、完全に不登校状態にならないと何もしてくれないのか

親の話だけ聞いて、もうしばらく様子を見ましょう、て感じ。

それで、何も進展がなさそうなので二回でやめた。

先生にも相談したり、友達にも力になってもらえるよう話をしたり、

悪い状況から抜け出せるんじゃないかと思えることは色々やった。

でも本当のところは、どうしたらいいのか不安で不安でたまらない。

  

小児科で問診表を書いたとき、「何か訊きたい事はありますか」という欄に

具合が悪くて学校に行けないとき、子供にどのように対応すればいいのか、と書いたら

具合が悪くて学校に行けないんじゃなくて

学校に行こうと思うから具合が悪くなるんですよ、と言われた。

そうなんだよね、やっぱり。

でも、それってサボってるようにしか見えないから、休んでいる我が子に

どういう態度をとったらいいのか悩むのよね。

こんなんじゃいけないと思うんだけど

子供が学校に行かない日は何もする気が起こらない。

何か一日ぼーっとしてしまう。

だめだ、だめだ、もっとしゃんとしなきゃ。

私がしっかりしなきゃ、私が強くならなきゃ、子供も強くなれないよね。

 

 

良い方向に進んでいきますように。

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2006年1月26日 (木)

りっぱな男になれないぞぉ

学校から帰ってきた次男は、友達のK君の家で遊ぶ約束をしたので、

公園でK君、そしてもうひとりの友達D君と待ち合わせをして

三人でK君のうちへ行く・・・と言って出て行ったのだが、すぐに帰って来た。

「公園に誰もいなかった(泣)」

K君の家に電話をしてみるが、出かけた後のようで留守電になっている。

「うぇっ、うぇっ・・・、もう行っちゃったんだ、T(次男の名前)だけ遊べない・・・。」

と泣き出してしまった。

「きっと行き違いになってTのこと探しているのかもしれないから

もう一度行ってみてごらん。」と私。

泣き泣き再び出かけようとしていたところへ「ピンポーン」とチャイムの音。

二人の友達が迎えに来てくれたのだ。

私は玄関に出ないで、どんな会話をするのかこっそりと聞いていたら・・・。

K君「なんで泣いてんの?」

次男「Tのこと忘れて行ったと思ったから・・・」

D君「ごめん、ごめん、Dが悪かったんだ。」

K君「そんなことで泣くなよ、りっぱな男になれないぞ。」

D君「そうだよ、泣くなよ、結婚も出来ないぞ。」

K君「結婚は出来るよ。Tは今何歳?」

次男「7歳。」

K君「じゃあ、あと13年したら結婚できるよ。」

20歳になったら結婚できると思っているようだ。

7に13たしたら20だって分かってるのね、K君。まだ習ってないのにすごいぞ。

そんなこんなで、三人は出かけて行ったのだった。

 

りっぱな男になれないぞ、なんていつも言われてるのかな~?

20歳になったら結婚できると思っているところもかわいい。

K君の、何でも分かっているような口調にクスッとしてしまう会話だった。

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2006年1月23日 (月)

先週から

3学期が始まって、子供達は元気に登校していたはず・・・なんだけど

長男、早くも欠席、木、金と2日続けて。

まだ3日しか登校していないのに、もう息切れか・・・。

「頭がガンガン痛い~」と言う。

でも休んでいいと言うと、何だか元気そう。

一応具合が悪いので午前中は寝ているが

午後は元気になっている、といういつものパターン。

今回のはちょっとエンジンがかからないという程度だったけど、

なかなか眠れないとか、寝ているんだけど寝た感じがしないとか、

吐き気がするとか、お腹が痛いとか、ほてるとか、

自律神経失調症かなと思うような症状になってしまうこともある。

やっぱり病院に行ったほうがいいのかなと思って、

子供の心療内科に問い合わせてみると、案の定予約でいっぱい、

2ヶ月位先まで診てもらえないと昨年言われた。

心療内科はどこも予約でいっぱいで、1ヶ月待ちは当たり前の状況なので

予想はついていたけどねえ。

子供専門の心療内科となると数も少ないから特に混み合ってるのかも。

すぐに診てもらえなくても、予約しておいた方がいいのかどうか悩むところ。

調子がいい時は、悪い時が嘘のように調子がいいから

そんな時に受診することになってもなあ~、どうなんだろうなあ。

どうするのがいいのか、いつも悩む。

優柔不断な私は悩んでばかりだなあ。

 

木曜日は10時からCAPのワークショップが小学校であった。

一度も参加した事がなかったので長男が学校休んでも私は行こうと思っていたのに、

支度をしていたらなぜか私まで具合が悪くなって行けなくなってしまった。

胃のあたりがギュウっと痛くなって、いつもならすぐに治まるのに

起きていられないくらい痛くなって、出かけられなくなった。

その日は、ついでに次男のスキーを学校に持っていこうと思っていた。

金曜日から学校でスキー学習が始まるので、木曜日までに持っていかなけりゃならないのに、なんて間の悪い!

お昼頃には痛みも治まるだろうから、その頃に出かけようと思い横になっていたのだが、

痛みがすっかりなくなることはなく、外は大雪、おまけにとても冷え込んでいて

部屋の中にいても足元がひやーっとするほどだった。

それで出かける気力が失せてしまった。

根性なしの私。

こうなったら明日の朝ダンナに車ではこんでもらうしかない。

電話でダンナにお願いすると「OK」ということで、ほっとした。

まーったくこういう時に具合悪くなるなんて、この親にしてこの子ありだな。

ダンナにも以前言われた。

「おまえってイベントあると熱出したり、具合悪くなったり、ガキと一緒だな。」

ごもっともで・・・。

子供って何でこういう時に熱出すかなあーっていうタイミングで熱出すことがあるけど、

暮れの29日に熱出したり(年末は結構熱出してた)、運動会の前の晩から熱出したり、

あきれられていた。

最近は熱出さなくなった、というか、年のせいで出る熱も出なくなったというか、

どっちにしても頼りない母親だわ。

 

今日は次男を耳鼻科に連れて行かなきゃ。

雪が積もると子供って、いちいち雪の中に埋まったりして遊びたがるので

冬は子供を連れて出かけるのが嫌い!

こっちは寒いんだよ!さっさと歩け!ってな感じだ。

子供って遊びたい気持ちのほうが大きいせいか、どんなに寒くても平気で遊ぶ。

お母さんは寒いのよ~~~。

このところの寒気のせいでますます出不精になっている今日この頃であった。

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2005年12月15日 (木)

漢字の学習

働きま~す、と言ってるそばから連続投稿です、ハハハ・・・。

 

小学一年生は、二学期から漢字を習い始めました。

初めての漢字は、覚えて使うのが嬉しいらしくて

練習も結構楽しそうにやっています。

 

そんな意欲的な一年生の笑っちゃう漢字です。

   みじ貝

   日よう火

   字らし

   見どう

上から、みじかい、にちようび、あざらし、けんどう、と読みます。

参観日の後の懇談会で、先生が教えてくれたものです。

なんでも漢字で書いてみたくて、意味そっちのけで書いてるようです。

意欲的なのは良いことなので、正しい方向へ伸ばしてあげたいですね。

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2005年12月10日 (土)

THIS SONG FOR YOU

白鳥英美子さんの歌が好きで何枚かCDも持っています。

その中で一番好きな歌が「THIS SONG FOR YOU」です。

私にはこの歌詞が、子供の幸せを願う親の気持ちに思えてならないのです。

 

歌詞は英語ですが、訳詞はこうです。

 

あなたがいつも自由で

毎日が太陽に恵まれた日でありますように

暗い夜道で迷うことのない様

夜の月と星が

あなたの足元を照らしてくれますように

夢はひとつ残らず叶いますように

そして、忘れないで

私があなたの為に歌っていることを

 

強い人間になれますように

生涯のパートナーを助け

思いやり深く

人の気持ちを理解する為には

いつも努力を惜しみませんように

いつでも青い空に見守られますように

 

全力を尽くすが為ゆえに

自分と戦いますように

心からの安らぎと

愛と幸せに満たされますように

願わくば悲しみが訪れませんように

 

あなたの心が翼を持ち

神の祝福がいつも共にありますように

旅の終わりにさしかかった時

私たちのもとへ帰ってきますように

何をする時も

どんな時も忘れないで

私があなたの為に歌っていることを

    (一部歌詞を省略しています。)

 

子供が苦しんでいる姿を見るのは、

親にとってとてもつらい事だと、子供を持って実感しました。

子供の頃「私なんて生まれてこなければ良かった」なんて言葉を

親にぶつけた事がありました。

その時の親の気持ち、今ならよく分かります。

だからこの詩に心がゆさぶられます。

ウチの親は違う、と思っている人もいるかもしれません。

でも私は子供のことを思わない親はいないと思うのです。

間違った愛し方をしたり、愛情をうまく表現できない親もいると思います。

でも愛情は必ずあるはずです。

 

ロバート・レッドフォードが監督した「普通の人々」という映画があります。

その中に登場する母親は、子供を愛せない冷たい親のように描かれています。

映画では彼女の気持ちがつかみきれませんでした。

彼女一人が悪者のようで、何となくスッキリしない気持ちでした。

原作の小説で、映画では描かれなかったエピソードを読んで救われました。

家を出てしまった彼女は母親に当ててこんな手紙を書いていました。

「エーゲ海は大西洋よりも深い青を湛え、荒々しく、変化に富んでいます。

あの子たちが教科書の地図を写しとって描いたような、そんな感じがします。」

そして父親と共に残された息子が地下室で見つけた箱。

その中には、地図、試験の答案、彼が母親のために作った

紙レース飾りのバレンタインカード、そんなものが入っていました。

それは母親の宝箱でした。

誰にしても、自分にとって何の意味もないものなら、あんながらくたを大切にとっておくだろうか?

主人公のコンラッドは母親の思いに気付いたのでした。

 

人間は完璧じゃないから、思いが正しく伝わらずに

すれ違ったり、誤解したり、時には憎んだりしてしまいます。

 

みんな気付くといいな、きっとあなたの幸せを祈ってくれてる人がいることに。

「THIS SONG FOR YOU」

そんな気持ちになる歌です。

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2005年12月 1日 (木)

夜驚症

やきょうしょう・・・と読むようです。

長男は幼稚園時代に夜驚症でした。

夜、寝付いてからしばらくすると、悪い夢でも見たのか泣き出して

起き上がり、何か分からないことを口走りながら

家中走り回るのです。

まるで夢遊病の様で、目を覚ましてあげようと思っても

泣き喚いて走り回るばかり。

そのうちに落ち着いてまた眠りに入るのですが、

走り回っている時の記憶は全くないようで

翌朝には何も憶えていません。

初めてこの症状が現れた時には

何かにとりつかれたのかと、びっくりしました。

頻度はまちまちで、連日のこともあれば

しばらくないこともありました。

どこかに相談したほうがいいのかと不安に思っていた時

新聞で「夜驚症」について書かれた記事を見つけました。

その時初めて「夜驚症」という言葉を知りました。

どうしてこの症状が現れるのかは分からないが

ほとんどの場合いつの間にか治まってしまうようで

あまり心配はいらないようなことが書いてあったので

とりあえずは安心しました。

子供を観察していて気付いた事は症状が出た日の日中に、

興奮するような事や、とても嫌な事、つらい事があったのではないかな、ということでした。

幼稚園という社会に入ると、子供同士の付き合いは格段に増えて

子供なりにトラブルや葛藤が生まれます。

そんな昼間の出来事がこの症状を引き起こしているのではないかと思いました。

長男は他の子が何でもないことに、怖がったり不安を感じたりしていました。

たぶんそのせいで「夜驚症」が出たのだと思います。

ある時スーパーに行って、子供がお菓子を欲しがりました。

かなりだだをこねましたが「今日は買わない約束だったでしょ。」と

私は買いませんでした。

その晩「夜驚症」が出て、長男は泣きながら

「お菓子~、お菓子~」と言って走り回りました。

その時はさすがに苦笑してしまいました。

そんなにお菓子が欲しかったのか、買ってもらえないのがそんなにストレスだったのかと。

そんな長男も年長の時にはあまり症状が出なくなり

心配したお泊り会の時も症状が出ず

小学校に入学してからは、症状が出た事はありません。

ほんとうに、気付いたらいつの間にか治まっていたのです。

心が少し強くなったのでしょうか。

 

そんな長男は今6年生です。来年は中学生。

心配事は日々増えていきます。

高望みはしませんが、もっともっと強い子になって

学校も休まず行ってくれるといいのですが・・・。

せめて、一人前の社会人になってほしいと、

奮闘しつつも悩む毎日です。

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2005年10月12日 (水)

結婚しよー!

次男が4歳位のとき、こう言われてドキっとしたことがある。

女の子がお父さんと結婚したいと言う話は聞いたことがあるけど

男の子だし、どこで結婚なんて言葉覚えたかなと思って

「えっ?お母さんはお父さんと結婚してるんだよ。」と言うと

次男は「ちがうの、こういうふうにするんだよ。」と、私と向かい合って手をつないだ。

そして二人で手をつないだまま、くるくる回った。

この動作が結婚するということらしい。

は~ん、さては「クレヨンしんちゃん」か何かでカップルが「結婚しよう」とか言って

「あははは・・・」なんて笑いながらくるくる回っていたんだなぁー、と私は思った。

次男は「もう一回結婚しよー!」と言っては何度も

笑いながら楽しそうにくるくる回った。

何だか可笑しいやら、かわいいやらで、私もいっしょに笑っていた。

まあ、今はこれが結婚でもいいや、と思った。

ほんの二年位前のことだけど、懐かしい気がする。

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2005年10月 4日 (火)

なんだか疲れて

ブログの更新が出来ません。

子供が学校休んで家にいるせいもありますが。

学校関係でいろいろありまして、

私自身いろいろ悩んで考えたりして、私なりに行動してみたのですが、

ダンナからも、これでいいのか!と責められて、

でも、肝っ玉の小さい私は、あまり波風立てたくなくて、

どうしていいやら、辛いです。

  

いろいろ考えているうちに思った事は、

弱者の存在意義。

世の中、肉体的にも精神的にも立場的にも強い人ばかりだったなら

思いやりなんて、あまり必要ないのかなあ。

弱い人がいるから、思いやることが大切になってくる。

弱い人も含めて、みんな幸せになるためにどうすればいいか考えるから、

人間なんじゃないのかなあ。

弱い人にも優しい世の中というのは

弱くない人にも優しい世の中で、ゆとりのある世の中なんじゃないかな。

右肩上がりの世界だけがすべてじゃないよ、

そう気付かせてくれる存在。

弱いというのは必ずしも否定される存在ではないなあ

なんて思ったのでした。

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2005年9月30日 (金)

弱い心

心ってどうすれば強くなれるんだろう。

子供にもっと強い気持ちを持ってもらいたいんだけど

難しい。

S君は、嫌な事ばかりするようになった幼馴染のK君と絶交した。

K君は謝ってまた遊ぼうとお願いしたが、それでもS君はつっぱねた。

しばらくK君の嫌がらせが続いたがS君は挫けなかった。

S君位の強さが長男にあったら、と思う。

ちょっと悪口を言われたり、嫌な子の隣になったりというだけで

学校に行けなくなってしまうのは弱すぎると思う。

K君はクラスの問題児なのだが

今長男のクラスは、その他にも問題が沢山あるようだ。

もしかすると学級崩壊に近いかもしれない。

今に始まったことではないのだが、クラスに思いやりや、まとまりが全然ないように感じる。

だからと言って、そんなクラスの雰囲気に負けてしまうのは

弱すぎるんじゃないかとも思うのだ。

 

長男が3年生か4年生の頃のことだが、懇談会でこんな話が出た。

週に1回、朝自習の時間に読み聞かせがあった。

5分程度の時間なのに、うるさく騒ぐ子がいて

読んでいる人の声が聞こえないほどだったらしい。

聞きたくない人は聞かなくてもいいから静かにして欲しい、と言うと、

そんなの知ったことか、自分の勝手だ、というようなことを言われたという。

ボランティアで読み聞かせに来ている人が

来るのが苦痛になっているということだった。

その頃、懇談会に行くと先生はいつも「みんな思いやりのあるいい子達です」と言ってた。

私は子供達の普段の行動を見ていて、そうでもないけどなあと思っていた。

子供は、子供同士のトラブルの中で学んでいく事も多いと思うので、

そうそう目くじら立てる程の事でもないのだろうけど

読み聞かせの一件はひどいなと思った。

興味を持って聞いている人もいるのに、その人たちを思いやることが出来ない。

たった5分なのに、自分を抑えたり我慢したり出来ない。

悲しい事に、それをそれ程ひどいと感じていない、その懇談会の空気もあった。

今のクラスの問題は、その頃から始まっていたのかも知れない。

 

クラスの問題に気付いて、行動を起こそうとしているお母さんもいるようだが、

気付いていない人は全然気付いていない。

特に、懇談会に出てこない人には理解できない問題かもしれない。

クラスの事を良く話す子もいれば、話さない子もいる。

話さない子の親はクラスに問題があっても気付く事はない。

懇談会に出なければなおさらである。

こういう問題はとてもデリケートなので、個別に伝えるのはとても難しい。

何か問題があっても、先生から問題提起されることはまずないだろう。

だから保護者が一堂に集まることの出来る懇談会が大切な機会になってくるのだけれど

出席しない人にはなかなか状況を伝える手段がないのが困りもの。

一人の努力で何とかなるような問題ではないので、

保護者が同じ認識を持つ事が大切なんだけどなあ。

 

強い子にはなんでもない事なのかも知れない。

弱い子にも問題はあると思う。

でも世の中、強い子ばかりじゃないんだよね。

長男、今日は学校に行ったけど

「こんなクラス嫌いだ、学校に行きたくない。」と言われると

胸が痛む。

 

なんだか懇談会の話になってしまったが、

本人の自覚がなきゃ、強い心なんて育たないんだよね。

どうしたものかなあ・・・。

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2005年9月28日 (水)

休みの日に限って・・・

子供って、病院が休みの日や、診療時間が終わった夕方に具合が悪くなる事が多いような気がする。

近くに夜10時までやっている小児科があるが、長男は何度か夜になって具合が悪くなり受診している。

たいてい混んでいて、ある時は点滴が必要な子が次々と来て、点滴部屋が満員になって、新しい場所を作るので看護師さんがばたばたしていた。

子供って昼間はあんなに元気だったのに・・・ということが結構あるから、夜間いつでもやっている小児科があると心強い。

そこの看護師さんたちは点滴なんて日常茶飯事のようで、子供が泣こうが喚こうが

「はいはい、すぐ終わるからね~。」と言っているうちに、あっという間に点滴一丁上がりという手際のよさ。

プロだねえ。こういう手際のよさは見ていて気持ちがいい。

25日は次男が具合が悪くなり、休日当番病院へ行った。

お腹が痛いと言って何度か吐いていたので、点滴をしてもらった。

連休が始まった頃から風邪気味だったので、大丈夫かなあと様子は見ていたのだが、やはり休日に病院行きとなってしまった。

そこの看護師さんたちもテキパキと手際がよい上に、みんな優しかった。

点滴は二度目だと言うと「6歳で点滴二度目だなんて、優秀、優秀!」と言われた。

前回の点滴も休日で、当番病院だった。

は~、子供が具合悪くなると疲れる。

精神的に疲れるのかな。

私も、季節の変わり目のせいか体調が良くなくてだらけている。

自分から何か書く気力がなくて、ブログもほったらかしてしまった。

この年になると更年期障害という言葉も頭をよぎる。

は~~~、しゃきっとしなきゃ。

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2005年9月14日 (水)

なぜ勉強しなくちゃいけないの?

我が家の6年生からも、よく発せられる質問。

小学生の勉強は読み書きそろばんと言われるような基本的なことが多いから

勉強しなけりゃ、本も読めない、おつりも計算できないってことになる。

でも、勉強というのは知識を頭に入れることだけが目的ではないはず。

例えば数学で微分積分を習っても、社会に出て使う場面はほとんどない。

それなのに、どうして勉強するのか。

ひとつは、数学的考え方(物事を順序だてて、ひとつひとつ解決していくやり方)を身に付ける為だと思う。

これって何かを計画して実行するときに大事。(数学はバカの私がいうのはおこがましいのですが。)

数学に限らず、答えを出す事が勉強なんじゃなく

答えにたどり着くまでの努力や試行錯誤が勉強の意義なんじゃないかな。

知識を身につけることは大切だけど、それだけじゃなく、生きていくうえで重要なヒントが勉強の中に沢山あるはずだと思う。

しかしそんなこと、うじゃうじゃ言っても子供はピンとこないし

私もうまく説明できなくて、何とももどかしい思いをしていた。

 

「女王の教室」の真矢の答えはとても良かったと思う。

「勉強はしなきゃいけないものではありません。したいと思うものです。」

不思議なもの、理解できないもの、美しいもの、楽しいもの、

そんな様々なものに出会ったとき、もっともっとその事を知りたい、

勉強したいと自然に思うから人間なのだ。

好奇心や探究心のない人間は人間ではない。

自分たちの生きているこの世界のことを知ろうとしなくて何ができるのか。

いくら勉強しても世の中には分からない事が沢山ある。

何でも知っているような顔をした大人は嘘っぱち。

いくつになっても、どんな状況にあっても、勉強しようと思えば

いくらでもできるのだ。

好奇心を失った瞬間人間は死んだも同然。

「勉強は立派な大人になるためにするものです。」

うわ~よくぞ言ってくれました!

これって子供だけじゃなくて、誰にでも当てはまる事だよね。(ここで、ちょっと自分を振り返り反省したりする。)

学校で勉強するだけが勉強じゃない。

人間は、何時だって何処でだって勉強できる。

自ら学んでいかなくちゃならないんですね、真矢先生。

 

でも、学ぶ楽しさを教えるのも先生のお仕事なんじゃないですか。

授業に出てこない問題児を叱ったり説得したりする事も大事だが

生徒を惹きつける授業をする事が一番重要だ、と誰かが言っていた。

授業が面白ければ生徒は必ず戻ってくると。

教師は授業で勝負しなければいけないと。

確かに退屈な授業しか出来ない先生がいれば

思わずのめりこんでしまう授業をする先生もいる。

ウチの6年生は最近授業がつまらない、つまらないと言う。

たまに担任以外の先生が授業をする事があって

そういう時のS先生の授業は面白いらしい。

社会科の授業なのだが、ただ教科書通りに進めるのではなく

いろいろな歴史の裏話をしてくれるようだ。

「S先生は教科書なんか見なくても年号とか頭に入ってるんだよ。」と尊敬のまなざしで子供は言う。

きっとS先生、歴史が好きなんだろうな。

もともと社会科好きの長男にとっては、ますます興味がわいてくる授業のようだ。

勉強勉強と言うだけではなく、子供の知的好奇心をくすぐる様な授業が出来るように

先生にも勉強してもらいたいな~、なんて思う。

その点、真矢はどうなんだろうな~。

 

もうひとつの重大な質問。

「なぜ人を殺してはいけないんですか?」

最近時々耳にする質問だけど、初めて聞いた時には

「じゃあ、お前は自分が殺されてもいいのかあ!

誰かが誰かを勝手に殺していいなんて世の中に住みたいとでも言うのかあ!!」

と心の中で叫んでしまった。

子供がそんなこと言うなんて、びっくりしてしまったし、とても腹立たしかった。

長男も「あんなやつ死んでほしい、この世からいなくなればいい、ぶっ殺してやる。」

なんて物騒な事を口にしたことがあった。

腹立ち紛れで発した言葉だと分かっていたけど、

自分の言った事の意味が全然分かってないなと思ったので、私はこう言った。

「人を殺すってどういうことか分かってる?

人が一人この世界からいなくなるだけだと思ってる?

あんたが嫌いなその人にだって親や兄弟や友達がいる。

その人たちは自分の大切な人を奪われた悲しみや苦しみを一生持ち続けるんだよ。

そして、一生あんたを許さない、憎み続ける。

お父さんやお母さんだって、あんたがそんなことをしたら苦しむし悲しいし、

今のままの生活なんて出来ない。

お父さんは会社辞めなければならないかもしれない。

弟は何の悪い事もしていないのに、後ろ指差されるかもしれない。

相手の家庭を不幸に陥れて、幸せに暮らしていけるわけがない。

二つの家庭を壊してしまうことになるんだよ。

そして、あんたは死刑にはならないかもしれない。

でも罪は一生消えない。その罪を生涯背負い続けていかなければならない。

相手の家族は絶対許してくれないけど、生涯かけて償わなければならない。

あんたは人が一人いなくなるだけだと思っているかもしれないけど

自分の人生も殺してしまう事になるんだよ。」

  

真矢の答え。

「ひとりひとりの人間が持つ、家族や 愛や 夢や 希望や 

思い出や 友情を奪う権利は、誰にもありません。

残される遺族に、苦しみや 痛みや 悲しみを与える権利も、誰にもありません。

だから人を殺しちゃいけないんです。」

犯罪を犯した人間は、逃げる事はできても一生その呵責に苦しみ、

死ぬまで孤独、もう良いことは一つもなく、二度と幸せになんかなれない。

ほんとにその通り。

子供には、人の痛みを思いやり、自分を大切に出来る、そんな人間になってもらいたいと思う。

そうなれば「どうして人を殺しちゃいけないんですか?」なんて質問は出てこないはずだ。

  

ギャー、とんでもなく長くなってしまった~。

それに説教臭いかな~。

 

今回の「女王の教室」、前半の方のワンシーン、和美が真矢に

「先生が意地悪するのは(・・・中略・・・)自分たちで問題を解決させようとしてるんじゃないかなぁ・・・て」て言ったとき

真矢、一瞬 嬉しそうな顔したと思うんだけど、私の思い込み?

子供たち、みんな強くなったよね。

由介は、タタッキーがなくても平気になったし。

ひかるちゃんは笑顔がこぼれるようになった。

来週は90分スペシャル、楽しみです。

 

あっ、もう一言。

教育委員会の人の根岸さん、すごい存在感でしたね。

こういう役者さんがいるとドラマが引き締まりますね。

  

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2005年8月26日 (金)

悩む

 

長男は今日でお休み三日目。

理由は胃痛。

昨日は小児科に行って薬ももらって来たが、

今日もダメなようだ。

病院で「大した事ないよ」と言われたので、大した事ないのだと思う。

でも本人はお腹が痛くて起きられないと言う。

やっぱり精神的なことなのかなあ。

 

 

次男は元気に学校へ行ってるけど、これがボーッとしていて頼りない。

この間は、出かけたと思ったら小さなゼリーの空カップを手にすぐ帰ってきたので、

「ゼリー貰ったの?」と訊いたら、「ううん、捨ててって言われたの。」

パシリか・・・。

ムシキングカードも20枚近く持っていかれちゃったり(返してもらったけど)、

おにごっこでは、じゃんけんの結果にかかわらずいつもおにをやらされてたり、

かばんや持ち物を持たされたり、

いいように扱われている。

「嫌な事はイヤだって言わなきゃだめなんだよ。」と言っているが、

「だって怒るんだもん。」と次男。

これは性格だろうなと思う。口も達者じゃないし、急にしっかりしろと言っても無理だよね。

学校の休み時間は楽しいようだし、まあ、しかたがないか。

のびたくんでもいい、たくましく育ってくれ。

無理やり悪い事をさせられないかという心配があるので、

そのことは次男にきちんと言っておかなくちゃ。

 

 

新聞の相談コーナーに

『6年生の息子が、算数は5段階評価で5なのだが、他はオール4。

やれば出来る子なのにやる気を出してくれない。

ゲームは熱心にやるのに。

ゲームをやるときのように勉強にもやる気を出させるにはどうしたら良いでしょう。』

という相談が掲載されていた。

私から見れば贅沢な悩み、「今のままで充分じゃん」てことでも悩むんだな親は。

 

子供の数だけ親は悩んでいるのかもしれない。

親の悩みは尽きないなあ。

 

 

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大人は子供に希望を与えなくちゃ

「メジャー」というアニメを見ていて思うことは、

吾郎君の周りには良い大人が沢山いる、ということだ。

「雨の熱戦」という回が私は好きなのだが、

大人が子供を、子供だからと甘やかしたり手加減したりしていない、

だからと言って大人気ないこともしていない。

そういう子供に対するスタンスがいいなあと思う。

グラウンドの使用権をかけて、吾郎たち即席弱小チームと

大人の草野球チーム(それもかなり強い)が対戦する。

普通どう考えたって子供のチームが勝つわけがない。

でも、敢えて対戦する。

これで子供が勝ったら嘘くさいな、と思いながら見ていた。

当然のごとく子供チームは負けた。

でも大人チームは子供たちの頑張りに心が揺り動かされてしまった。

子供相手にわくわくしたのだ。楽しかったのだ。

吾郎という天才少年(まだ4年生だよ!)がいたというだけではなく、

野球をやりたいんだ、というみんなの必死な思いが、

野球を愛する大人たちの心に響いたのだ。

「君たち負けたんだからハイこれまでね。」じゃ大人気ないと思う。

ここは大人として太っ腹なところを見せなくちゃ。

吾郎たちは試合には負けたが、大人チームの人たちの気持ちは固まっていた。

「この子達に野球をさせないでどうする!グラウンドを使わせてやろうじゃないか。」と。

かくして吾郎たちは野球を続けられる事となったのだった。

この結果はお情けで与えられたものじゃなく、子供たちが勝ち取ったものだ。

負けたらグラウンドは使えないという約束だからと厳格にそれを守ったのでは

夢も希望もないじゃないか。

100か0、結果を出さなければ何の意味もない。それが現実。

どんなに頑張っても叶わぬことは沢山ある。

でも私は子供たちに、「無理かもしれないが精一杯頑張ってみる」

という気持ちを持ってもらいたいと思っている。

子供たちに「どうせ無理に決まってるから努力するだけ無駄」

という気持ちになってもらいたくない。

このアニメのように、とことん努力して報われた経験は、とても大切なんじゃないかな。

現実社会は過酷で非情、理想なんてどこかへふっとんでしまう。(ちょっと言いすぎ?)

だからこそ大人は、子供たちから夢とか理想とか希望を奪い取ってはいけない。

「お前(たち)の頑張りには負けたぜ!」と言って

子供に軍配を上げていい時もあるんじゃないかと思うのだ。

原作の方も何巻か読んだが、子供の成長を見守る大人が時々出てきて、

吾郎をそれとなくバックアップしている。

そんな大人の態度がこのマンガの、”私のツボ”だったりする。

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2005年8月18日 (木)

夏休み終了

北海道の短い夏休みが終わり、子供たちは今日から学校です。

今年は夏休みの始まりが例年より早くて、終わるのも早かったので、

帰省後は宿題(自由研究)終わらせるので焦りまくりでした。

夏休みの頭の方でパッパと片付けてしまえばいいのですが、

これがなかなか至難の業。

私も子供の頃は最後の方で焦ってましたけどね;;;

 

夏休みで大変なことといえば、子供に毎日勉強させる事です。

特に六年生の長男は算数大嫌い。

とにかく勉強したくない。

算数に対してものすごい拒絶反応を示します。

だから勉強する態勢に持っていくまでが一苦労。

勉強を始めても飲み込みが悪いので、

二、三度同じ問題をやっただけでは全然理解できません。

七回、八回くらいでやっと分かってくるのですが、

そこまでやらせるのが、また大変。

相手が親だから甘えもあって、拒絶反応を押さえ込みながら、何とか理解するところまでたどり着く頃には、私はへろへろです。

子供がどんなに反抗しようと、怒っちゃいけない。

「こんな事も分からないの?」なんて台詞はもってのほか。

その一言で全ておじゃんになってしまいます。

子供との精神的な戦いは疲れます。

ある時は、帯分数の1 2/1(1と2分の1)の整数部分の1が分からないと言います。

なぜ1なのか、どうして1が付くのか、全然納得できない、1なんか邪魔だ!なくなってしまえ!(オイオイ;;;)

手を変え品を変え、料理の大さじ1 2/1まで引き合いに出して、その時は一時間以上説明してやっと分かったようでした。

分かる時って、ぽろっと憑き物でも落ちるみたいに、何でこんな事が分からなかったんだろう、てな感じで分かっちゃうんですけどね。

 

そんなこんなで夏休みは終わり、今日から新学期。

夏休みの間は元気だった長男、今日はやっぱり絶不調でした。

そんなに学校が嫌なのかぁ・・・。

二学期は行事がいろいろあるから、元気に学校に通ってほしいなあ。

 

暑い暑いと言っていたのも少しの間、

北海道は今週これからの最高気温は30度以下のようです。

今日は家の中に風が良く通って過ごしやすいです。

夏休みの終わりと共に、夏も終わるのでした。

 

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2005年6月30日 (木)

呼び捨て

下の子が幼稚園に入るとき、近所に同じ幼稚園に行く子がひとりしかいなかった。

それもひとつ年上の女の子で、お互い興味がなさそうだった。

幼稚園までは歩いて15分くらいで、バス通園も出来たけど、私は歩きにした。

そばには公営住宅があって、そこから徒歩通園する子も多いので、友達が出来たらいいなという期待があった。

バス通にしてしまうと近所にどういう子がいるのかわからないし、近所の子との出会いもなくなってしまいそうだったので、歩きにしたのだ。

しばらくして仲良しさんが出来た。

同じ組のY君で、公営住宅ではなく幼稚園のすぐそばの家の男の子だった。

お互い名前を呼び捨てにして、一緒にいるだけで楽しそう。

私が「Y君て呼ばないの?」と訊くと「Yでいいの!その方がかっこいいんだもん。」とのこと。

幼稚園にもすっかり慣れた頃、幼稚園からの帰り道、何人かの男の子が「あっ、○○だ。○○~!」と遠くから息子に呼びかけた。

それがフルネームで、君もちゃんもなし。

他の子には○ちゃんとか○君とか言っているのに、息子はなぜかフルネームで呼び捨て。

息子に「あの子はなんていう名前?」と訊いても「知らない。」と言うばかり。

確かに同じ組の子ではないので分からないのだろうけど、なぜ向こうは知っていて、しかもフルネーム呼び捨てなのか。

この子ってそういうヤツなのかな、などと思ってみたりした。(どういうヤツだ?)

帰りのお迎えで、幼稚園の前で子供が出てくるのを待っている時も、同じ組のR君は私を見つけると「○○のおかあさ~ん!」と呼びかけてくる。

もちろん○○のところはフルネーム呼び捨て。

律儀にフルネームで呼ぶところが何だか可愛かった。

私はその度に「は~い」と手を振って答えた。

この幼稚園は縦割り保育と言って、年長と年中が同じクラスにいた。

一クラス30人ちょっとで、息子と同じ年の男の子は息子も入れて5人しかいなかったが、この5人がとても仲良しで(もちろんけんかも沢山した)みんなお互い呼び捨てだった。

呼び捨てにする事で親しみや連帯感なんかも感じている様なので、まあいいかと、注意するのはやめた。

仲良しの5人は全員別々の小学校に入学した。

息子も新しい友達が出来て、またみんな呼び捨てにしている。

でも友達のお兄ちゃんまで呼び捨てにするのは困りものだ。

いくら妹がおにいちゃんを呼び捨てにするからといって、アンタはだめなんだよ、と言ってはいるが、分かってるのかなあ~?

きっと呼び捨てにしてるんだろうなあ。

5年生を呼び捨てにしないでよね~。

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2005年6月23日 (木)

陰口たたかれ不登校

あ、このタイトル、なんか♪あるある○検隊~って歌いたくなるような語呂のよさ。

それはさておき、ウチの11歳男児が、昨日また不登校。

具合が悪いとか何とか言っていたんだけど、よくよく訊くと、みんなから陰で悪口を言われているのでもう学校には行きたくないと言う。

悪口と言うのは「おたく」「キモイ」というもの。

なぜキモイのかというと、少女マンガを読んでいるからだという。

「お母さん、これって少女マンガなの?」と、まえから、しつこく、何度も訊かれていた。

「う~ん、よく分かんない。」と答えていた。

だって、分かんないんですもの。昔は少女マンガ!少年マンガ!と、はっきりとした区別があったけど、最近はそんな区別がバカらしいほど。

スクウェア・エニックスから出ている雑誌に掲載されているので、私には少女マンガという認識はまるでなかったんだけど、なるほど、絵は可愛いし美少女や美少年が出てくるしラブコメのようだし作者女性のようだし、少女マンガか?

強いて言えば、同人系?

マンガ事情を知らない小学生には、少女マンガに見えるかもね。

息子はこのマンガのギャグのテイストが気に入っている様である。

最○記RELOADがやっているときには、裏最にうけまくりだったので、真っ直ぐ突いてこない笑いが好きなのか、と今にして思う。

そうはいっても11歳である。

マンガを読んでいて「犬畜生ってなに~?」「デフレスパイラルってなに~?」と度々訊いてくる。

内容の理解は半分くらいかなーと思う。

いつもそのマンガのファンサイトを見ているようなので、「掲示板でみんなに少女マンガかどうか訊いてみたら?」とアドバイスをした。

訊いてみると、答えが次々と来た。

「少女マンガではないのでは?」「誰が読んでも楽しめるマンガ」「えっ?ずっと少年マンガだと思っていた」「このマンガの良さも知らないでおたくとバカにするヤツはヒドイ」などなど。

答えを見て少しほっとしたようだったが、クラスの子から色々言われるのはやはり辛いよな~。

もっと前にも「おたくだ、キモイー」と言われたと言っていたが、その時は「おたくがおたくと言われて何びびってんの。」と私

とにかく好みが偏っていて好きとなればそればっかりという傾向があるので、私は息子はおたくだと思っているし、自分もおたくだと思う。

だが小学生くらいの子には、おたく=キモイ、もっと言えばおたく=変なことするヤツ=犯罪者みたいな捉え方があるのかな。

前述のサイトでも「おたく」は世の中の一般常識も無視して、社会に溶け込めず趣味の世界に没頭する人、「マニア」は常識ある趣味人、という定義付けをしている子が何人もいた。

そうなのかぁ~、おたくはいけないことなのね。知らなかった。

「そんなこという人は無視しちゃえ。男が少女マンガ読んだっていいし、女が少年マンガ読んだっていいんだから。幼稚園児くらいだと、青は男の色、赤は女の色って決め付けたりするけど、そんなことないでしょ。そんな事も分からないガキなのよ。」と子供に言った。

悪意の塊みたいな子供はいないって思うけど、面と向かっては言わない様なので、表面上はいい顔して、陰で舌出しているのかと思うと、私も腹が立ってくる。

でも子供も(わが子も含めて)小学3年にもなると、学校で本音と建前を使い分けるようになるからねー。

作文書いたり発表したりする時本音じゃなく、きちんとキレイごとを出してくる。

普段の生活や、子供同士のやり取りを見ていると、「思いやりのある子供たちです。」なんて先生の言葉がウソくさく感じられるときもある。

息子にも、もっと強くなってもらいたいんだけどな。

陰口や嫌がらせなんて世の中に溢れているんだから。

学校は行かなくても済むかもしれないけど、社会に出て行けなくなったら困るな~。

今日はとりあえず学校に行ったけど、明日はどうかなぁ。

信じられる友達がいない、授業が面白くない、学校が嫌い。息子はいつもこう言う。

どうしたものでしょう。

子供が学校に行けなくなるということは、親にとっては、とてつもなく辛い。

一番辛いのは子供なんだけど、それをどうにもしてやれないという辛さが親にはある。

親になると、人間は強くなると思う。特に女は。

でも、途方にくれてしまうこともあるよ・・・。

ふぅ~。

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2005年6月 3日 (金)

絵本

20050603_022 最近、大人が読む絵本というのが人気のようですが、

子供の絵本もすてきなものが沢山ありますね。

この絵本は、私が欲しいので買ったようなものです。

もちろん子供も大好きですが。


「ともだちや」から始まるシリーズもので、何冊も出ていますが、ウチにあるのは「ごめんねともだち」の一冊だけです。そのうち全部揃えたいなんて思ってます。

絵がカラフルで見ているだけで楽しいのですが、読むとジ~ンとくるお話ばかりです。

仲良しなんだけどすれ違ってしまったり、相手の事が大好きだから悲しくなったり、でも最後は仲直りしてハッピーエンド。こんな風に書くとなんだか恋愛の話みたいだけど、小さい子の友情って恋愛みたいだなあと常々思っています。

仲良しになると男女に関係なく純粋に相手の事が好きになって、一緒にいるだけで楽しい、そして好きだからこそトラブルも起きてしまうんですね。

さてこの絵本で、もひとつ私が好きなのはコスプレ(?)好きのきつねさんなんです。

この表紙ではサイコロになっていますが、たいてい体に何かくっつけているんです。

それがもう可愛くってたまりません。

強い狼を装っているけど、実はとっても優しいおおかみさん。

ついつい強がって心と裏腹なことをやっちゃうけど、おおかみさんが大好きなきつねさん。

とっても好きな絵本です。

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